10 生きる決意
ダンとジムの戦闘態勢が整ったと同時に、雨が降ってきた。
『ブモォォォォ!!!!』
ジムの突進をダンが追従する、早い!体長3mのジャイアントバイソンが巨体とも思えぬ速さで正面から突進してくる。
俺が追突されたトラックと大差ないかもしれない。
「あらら、突っ込んで来るだけなんて単調であくびがでちゃうわ」
ぶつかる瞬間、木の葉のように左に飛び突進をかわす、そこに回り込んでいたダンが剣を振り下ろす!
ガキィン!!
「くっ!?」
剣は女の首筋に当たってはいるが、薄い障壁みたいなもので防がれた。
「あらら、レディーに対して刃物を向けるなんて酷い男ね」
そうニヤリと笑い右手を正面に構えた瞬間……。
「ウォーターアロー!!」
シーラの唱えた水魔法が、女の右手に放たれるがまた障壁で防がれる。しかし、射線の方向は変えられた。
弾かれた右手から直径30cm位の土玉が射出、ダンの頬をかすめる。あれが当たっていたら頭は……。
「すまない!」
すぐさまバックステップで距離をとり睨みつける。ジムの方向転換も終わり、挟み討ちとなる態勢になった。
「あらら、なかなか良いコンビネーションじゃない。でも、雨降ってきちゃったし早く終わらせましょう」
まるで子供をあしらうように女は再び気持ち悪い微笑みを浮かべる。
「緑髪に無詠唱土魔法……まさかこの人……『土塊の魔女リエル』……!?」
「あらら、まさかこんな辺境にまで名が知られているとは思わなかったわ……」
「リエルだと!? 第1級指名手配犯がなぜこんな所に!?」
「別に貴方達が知っても無駄な事よ……だって……ここで死ぬんですもの」
右手で顔半分を覆い、さっきの微笑みよりも明らかに口角を釣り上げ、目も見開き異様な形相となる。
『ブモォォォォ!!』
「うおおおおおお!!」
ジムの突進とダンの中段突きがリエルの前後から攻撃を仕掛ける!
『ズガンッ!!』
攻撃が当たる刹那、地面から巨大な土の槍が突き出し両方を貫いた。
『ブモ……』
ジムが光の粒子となり消えていく。
「ぐふっ……シーラ……アルト……逃げ……ろ」
ダンが吐血し人形のように槍の上で垂れ下がる。
「いやあぁあぁああああ!! ウォーターアロー!!!!」
シーラから無数の水矢がリエルを捉えるが当たった瞬間弾けてしまう。
無数の矢は次第に数も減り、細く小さくなり魔力も切れたのか、膝から崩れ落ちる。
「あらら、終わり?じゃあお疲れ様」
『ドスッ』
シーラの腹に地面から突き出した槍が貫通する……。
「……アルト……逃げ……て……」
降りしきる雨の中、槍に血が滴り赤く染めていく。
目の前に起きる惨劇に俺は怯えて体が動かなかった……。
現代日本、殺されるという事は余程の事がない限り無い平和な世の中。
お葬式くらいでしか体験しない死との接触……。
それが今、目の前で起きた現実……それもそうだ、ここは日本じゃない……いつ何が起きるかわからない世界。
ドラゴンが襲ってきたり、魔法での戦争が起こったり、盗賊に襲われる事もある世界だ。
自身の甘さ、力の無さ、精神の脆さ、どれも俺の弱さ……。
今朝の幸せからのこの悲劇……もし、神様のせいなら助走つけてぶん殴るレベルだ。
「お嬢ちゃん1人にしてごめんなさいね。すーぐ向こうに送ってあげるわ」
リエルの左手から10cm位の土玉が俺をめがけ飛んでくる。
スローモーションだ、あの時と同じ、トラックの目の前での光景を思い出す。
俺はまた死ぬのか……。人生で二度死ぬなんて。儚い人生の中の濃い経験だったよ……。
土玉は顔の5cmまできていた。
目を閉じた……真っ暗だ……いや、何か見える。なんだ?
「ソプラ……」
泣き顔のソプラだった、最後にそんな顔しないでくれ、嫌だ……君のそんな顔見たくない。
嫌だ……やめろ……消えろ……笑顔を見せてくれ……笑ってくれ……俺が……泣かせているのか?……笑わせる……泣顔なんてさせない……生きて笑わせたい……。
「生きたい……」
土玉が顔に接触した瞬間だった……。
『パッーーーーーーーーン!!!!』
一筋の雷鳴がアルトを貫き、土玉も破壊した!
一瞬にして雨が蒸発し霧が立ち込めるが、緩やかな風に流され現状が明らかとなる。
「はっ!?」
リエルは驚く、雷にでは無く、破壊された土玉にでも無く、目の前に立っている金髪の少女に……。
その姿はいつものアルトでは無く、目に見える程の濃厚な魔力をその身に纏っていた、『火』『水』『風』『土』のどの系統にも属さない金色に輝く異質の魔力、髪は水中にいるかの様にユラユラと波打ち、顔は無表情だ。
「おまえ……何者だ……なんだその魔力……あり得ない……こんな僻地に……あの方と同等……いや、それより……」
先程の余裕は消し飛び、全身から汗が吹き出し、心がこいつは危険だと警鈴をならす。
「俺は生きる……あの子を泣かせない……全てを……笑顔にする為に……」
頭の中で俺がやりたい事が明確なイメージとなり、まるで金色の粘土の様に魔力が形を変える。
左手を前に出すと魔力が波を打つ様にダンとシーラを一瞬で包み込む、同時に槍も灰のように崩れ去った。
2人とも腹部を貫かれたにもかかわらず傷痕も無くなり、顔には赤みがさしている。
右手を開いて上に翳してクルッと回転させると青い粒子が集まってくる、手を握ると魔力が粒子を包み形を成していく。
地面の上にだんだん形ができ、色もついてくる、毛むくじゃらで二本の角を持っているジャイアントバイソンのジムが倒れている状態で姿を現わす。
「馬鹿な!!? あり得ない! 確かに二人共殺したはずだ!! 魔物再召喚……!? あり得ない!!」
緑髪を振り乱し、目を見開き驚愕している。
アルトがゆっくりリエルに目線を送る。
「……おまえは許さない……」
「黙れぇえぇえ!! おっ……お前のような小娘に……私があぁあ!!」
両手を高く上げ詠唱する。
「全てを押しつぶす石塊となり圧殺せよ、イノーマスロック!!」
頭上に直径10mはあるようなゴツゴツした岩が隕石のように落ちてくる。
右手を軽く振ると粘土状の魔力が岩を撫で霧のように消えてしまった。
「!!!!?」
リエルは驚き過ぎて言葉も出てこない、自身最大級の魔法があっさりかき消されたのだから。
そのまま右手を垂直に上げて呟く
「サンダー……」
『ドゴオオオオオオオオン!!!』
「ぐあぁああぁああぁあ!!!!?」
上空から雷が光の柱となりリエルを貫いた。皮膚は黒ずみ、意識は無い。そのまま倒れこみそうになった時、横から黒い魔物がリエルを咥え飛び立つ。
「カラス……」
羽を広げると5mはある黒いカラスがいた、リエルの召喚魔物だろうか。そのまま見えなくなるまで飛んで行ってしまった。
危機は去った……
ふと、気をぬくと魔力は収まり、意識が途絶え雨の中倒れ込んだ。