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短編

トウメイニンゲン

作者: 小沢琉祢

僕はマンションの屋上にいた。

なにをするでもなく、景色を眺める。

ふと下を見て見たくなって下を見る。

「自殺するつもりか!!やめるんだ!!颯太そうた!!」

父の声がした。

だけれど僕には父の姿が見えない。

僕の父は透明人間だ。



「だから、ただ単に景色を見てただけなんだって!死ぬの怖いし、死ぬつもりもないし、いじめられてもないし、平気だから」

ぶつぶつと他人から見ればかなり怪しいのだろうと思いながら隣にいるはずの父に言う。

「だって、急に外出て行ったから何かと思ってあとを追ってみたらあれだぞ!?さすがに自殺だと思うだろう!!!」

何もない所から声が聞こえる。

たまに父がいるらしき場所にぶつかってあれ?何にぶつかったんだ?というような顔をした人を見かける。

そんな人に向かって父は危ないじゃないか!前を見ろ!そしてすみません!と意味の分からない言葉を投げかける。それを受けてさらにそういう人たちが混乱する。

見えもしない人に当たるのは当たり前なのに。そんなことさえ気にせず父は言う。

「俺だって姿は見えなくても人間なんだから人間らしい生活を送りたい!!」

それが父の口癖だ。

自動ドアは開くが、買い物もろくにできないし、外を歩けばたちまちいろんな人にぶつかる。

父が服を着るとなぜかその服も透明になってしまう。原理はわからないがこんな父がいることが異常なのだからそれくらいどうだっていい。

そもそも若いころは姿があったらしい。

なのに30歳になって急に姿が見えなくなってしまったそうだ。

最初、母は父が出て行ってしまったと思って、相当ショックを受けたらしいのだが、ここにいるぞ!と何もない空間から父の声が聞こえてさらにショックを受け、失神してしまったらしい。

一番古い記憶を思い返しても僕の父は透明だ。それ以外の何物でもない。

僕は今中学3年生で、受験生だ。

でも成績が伸び悩んでいる。

こんなんで志望校に受かるのか気が気でない。

でも勉強がさっぱりわからないのだ。

暗記するのも苦手であれば、計算するのも苦手、国語もよく分からない。

そんな僕が中の下でいられることが奇跡なのかもしれないけど、それ以上の成績になれないのだ。

僕の行きたい高校は中くらいの成績が必要で、僕だとかなりぎりぎりなのだ。

そんな僕の所へ最近父がたまに勉強を教えに来る。

教えると言っても、問題の解き方を教えてくれるわけではなく、父が昔やってた勉強法を教えてくれるだけだけど。

「授業でとったノートをもう一回別のノートに書いてみるといいぞ!」

とか

「教科書を声に出して読んでみるといいぞ!」

とか身につかなそうなものばかりだ。

でも少しだけそれをやってみている自分がいる。

案の定今日も荒々しくドアを叩く音がした。

「はいはい、今開けますよ」

「おう!!」

当たり前だけどドアを開けても誰もいない。

これが当たり前って方がおかしいのだけど。

「入るぞ」

「入った?」

「おう。足音しただろう?」

「ごめん、よく分からなかった」

「そうか。なら仕方ないな」

扉を閉めて、自分の机へ行く。

隣に父がいるのだろう。

そう思って接する。

「父ちゃん考えたんだが、暗記物は暗記カードみたいなのあるだろ?あの小ちゃいやつ。あれ使って覚えるのが正解なんじゃないか?」

それはやったことがあった。

「やったことあるけど、微妙だったんだよね」

「むう…そうか…効果あると思うんだがな…もう一度やってみたらどうだ?あと教科書を全部ノートに写してみるのがいいぞ!」

「なんか父さんの学習方法ってノートを大量消費するのばっかりだね」

「そうか?そんなことない気もしないでもないが…」

とりあえず父に言われタことは実行している僕は純粋なんじゃないかと思う。

父との関係も別に悪い訳ではない。母とも仲がいい方だと思う。

だから二人が心配しているのはよく分かる。

母だって塾に通わせたり、家庭教師を雇ったりしてくれようとしたりした。

でも断ったのは僕だ。

別に勉強が嫌とかじゃなくて、お金がかかるし、迷惑を掛けたくなかっただけだ

出来れば公立高校に行きたい。私立は滑り止めだ。

私立だと公立の倍近くお金がかかる気がするので、できれば本命の高校に受かりたい。

やりたいこともある。一緒に行きたいと思う子も。

やりたいことはどっちの高校でもできることだが、一緒に行きたい子は公立に行かない限り一緒になれない。

私立も一緒の所に受けるか悩んだこともあったけど、結局どっちにしても私たちの関係は変わらないからと言われ、私立だけ別の高校を受けることにした。

一種の賭けだねとその子は笑って言っていた。

僕はその子を失望させたくないし、一緒の高校に入って沢山話したい。

だから高校受験の勉強を頑張っているのだ。

と言ってももう少しで受験日なのだけれど。

一日5時間ほど勉強しているおかげで、何とか乗り越えられそうな錯覚を起こしているわけなのだけれど。

試しにこの間去年の入試を解いてみたら50~60点くらいでやっぱり勉強が少ししか身になってないことを表していた。

こんなので受験戦争に勝てるわけがない。そんなことは分かっている。

だから勉強しているんじゃないか。

父も母も僕が受験に失敗して落ち込むことを心配している。

あの子と一緒じゃない学生生活なんて灰色だと思っているし、失敗したら相当落ち込むのは目に見えている。

だから僕は毎日頑張っている。

たまにあの子とメールしたりして、元気をもらいながら。

勉強以外特にやることもない僕はこんなに勉強しているのになんであんまり成績が伸びないのだろうか不思議でならない。

どうしようかと頭を抱えてると父が言ってきた。

「あのな…もしあれだったら俺が試験の会場に行って答えを教えるとかどうだ?俺は他の人には見えないし、ちょっとだけ頭いいんだぞ!」

「それは絶対やだ」

「む、なんでだ!」

「それってずるしてるじゃん。僕はそんなんで入学できても嬉しくない」

「そうか…そうだよな…ずるは良くないな!」

「しかも父さん姿は見えなくても触れるから沢山の人にぶつかるだろうし試験官の人が練り歩いて監視するからそれにもぶつかるだろうし大変じゃん」

「それくらい自分でよけれるぞ!!」

「じゃあなんでいつも外でぶつかってるの?」

「それは人が多いからだろ!!よけようとしてもよけられないときもあるんだ!」

「でしょ?全員をよけるなんて無理なんだからあきらめて。絶対来ないでね」

「…分かった」

どんな顔をして言っているんだろう?顔が見えたらそれが嘘か本当かくらいわかるかもしれないのに顔が見えないから感情が伝わってこない。

僕はとりあえず勉強を再開した。父は黙ってそれを見ていた(扉が開いたりしなかったからきっといたんだと思う)

しばらくして、父が声を出した。

「あー…頑張ってるなあ…」

なんだそれはと言いたくなる。

そりゃ頑張るに決まっているだろう。

でも結果が出なきゃ意味がないんじゃないか。






勉強をする日々を続けていくうちにいつの間にか受験の日が来てしまった。

父がなぜかついてくる気配がする気がする。

「あのさ…いなかったらいなかったでいいんだけどいるよね?もしかして受験会場までついてくる気?」

ちょっと大きな声で言ってみる。

周りからは変な人に見られるだろうが、受験会場までついてこられるのは嫌だ。

「…いないぞ」

「いるじゃん。いないなら声しないし。なんでついてくるわけ?」

「そうかっしまった…まあいい。いや、なんか気になってしまってな。無事につけるか心配で心配で気が気じゃないんだ」

「ちょっとバス乗るだけだし大丈夫だよ」

「乗るバスを間違えたらどうするんだ!?」

「間違えないよ!大丈夫だから!」

「そうか?そうなのか?うーむ…」

「とにかくついてこないで。そんな心配することじゃないから」

「そうか…」

「うん、じゃあね」

「ああ…」

「絶対だよ!!」

「お…おう…」

そう言って歩き出す。

ついてこないといいけど。





「どうだった!?」

帰ってくるなり父が聞いてきた。

「うわっ急に声かけないでよ!びっくりするじゃん!!」

「あ、すまん」

「はー姿が見えてたらいいのに」

「こればっかりはどうしようもないからなあ。で、どうだったんだ!?」

「普通?いつもよりは大丈夫かな…分からない」

「そうか…受かってるといいがな…」

「いや、明日もあるし。もっと頑張らないと」

「うーん…大変だなあ」

そう言って黙り込んでしまった。

僕はどうしたらいいかわからず取りあえず自室に戻るからと言って自室へ向かった。




次の日。

家に帰ると知らない人がいた。

やくざみたいな人が。

リビングで茶を飲んでいる。

どうしよう。警察に行った方がいいよね?

でも電話はリビングの真ん中あたりにあってどうやったって気づかれてしまう。

取りあえずこの家から出た方がいいのかな?

考えていると気配を気づかれてしまったのかやくざがこっちを振り返った。

やば…そう思うも時すでに遅し。

やくざはこっちを向いてにんまり笑った。

え、やばい。殺される。

僕はあまりの恐怖に動けずにいた。

「颯太ああああああああああああ!!!!!!!!!!」

襲ってきた。

いや、抱きつかれた。

これはどうしたらいいんだ?

怖い。怖い。怖い。

「うおー颯太あ!俺のこと分かるんだなあ!見えてるんだなあ!!!!」

やくざは泣いている。

泣きたいのはこっちだ。

でもその声はどこかで聞いたような気がした。

「…どこかでお会いしましたか?」

間抜けなようなそうで無いような質問をしてしまう。

「なんでそんな他人行儀なんだ!!お前の父ちゃんだぞおおお!!」

うわーんと泣きながらそんなことを言う。

そうか。これは父の声だったのか。道理で聞き覚えがあるわけだ。

というか、父はこんなやくざみたいな見た目をしていたのか。

それから父は僕から離れようとせず、数分たったころようやく離してくれた。

近くで見てもやっぱりやくざみたいだなと思ったが言わない。

「俺の顔見て知らないやくざがいるとでも思ったか?」

ばれているみたいだった。

しょうがなく正直に話す。

「うん。警察行こうかと思ったら気づかれたから行けなかった」

「そうかそうか…てこの野郎!親に何てことしようと思ってたんだ!」

「いや、不審者だと思ってたから。でもなんで急に見えるようになったのかな?」

「そりゃお前、約束を守ったからに決まってるだろ?」

「約束って?」

「約束は約束だ!今日まで頑張ったかいがあったよー」

「えーなんで教えてくれないの?」

「それは恥ずかしいからに決まってるだろ?」

「というかなんでずっと透明だったのさ」

「それにもわけがあるがお前には話さん!」

「なんで!?」

「お前が傷つくからだ!」

「どういうこと??」

「まあそれはいいんだ。もう済んだことなんだし。とりあえず、合格おめでとう!!」

「は?何が?」

「お前きっと高校受かってるんだ!父ちゃんの勘だけど!!」

「僕が受かってるわけないでしょ。ぎりぎりでセーフになってたらいいなって感じだし」

「そんなことないぞ!颯太はかなり頑張ったからな!絶対受かってるんだ!てかそうじゃないと嫌だ!」

「何そのわがまま…」

「まあいいじゃないか!どうだ?父さんかっこよくないか?びっくりしただろ?」

「かっこよくはないよね。普通にこわ「それ以上言うな!傷つく!」

「自分で感想聞いといてなんだよー」

「いいじゃないか!かっこいいと言ってほしかったんだ」

と言って頬をぷくーとふくらませる。

可愛くはなかった。






結局僕はテストの点こそそこそこだったものの、面接が良かったらしく公立高校に入学した。

晴れてあの子とも4月から一緒の学校だ。

楽しみでならない。

父はと言えばあの日からご機嫌で、透明だったときは当然ながら仕事をしておらず、今から正社員はブランクもあるし無理かもしれないからとバイトを始めた。

母はあの後帰ってきて、父の姿を見た途端泣き出してしまい。

それを慰める父は母を愛しているんだろうなと思った。

その後は毎日のようにいちゃいちゃしていて少しうざい。

でも母も僕や父の生活の為にいつも働いてくれている。

僕も高校生なのだから高校生でもできるバイトをしようと思う。

外には早めの桜が咲いていて、春の兆しが見えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 透明人間という設定が物語にユーモアを与えているところが良かったです。
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