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暗闇と光明

作者: 紗綾侯吏

久々の投稿です。お楽しみ頂ければ幸いです。

真実と向き合うことは愚かだ。いつだって虚偽の中に浸っている方が幸せなのだ。だが、あいつは真実に恐れず向き合おうとした。なんと醜いことか。それが自らにとって良いことになんてならないことくらい分かっていたはずだ。なのに……。



俺は右拳を全力で振り抜いた。奴の顎に入った拳が痛みを訴えてくる。だが、まだ腕を止めるわけにはいかない。休ませるわけにはいかない。

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

叫ぶ。気合いだけで敵を蹴散らす。俺が顎を打ち抜いた奴は白目を剥いて死んだように倒れていった。敵はあと一人。

『いいぞ!もっとやれ!』

『そこだ!そこを殴れ!』

『ハハ、いっそ殺しちまえよ!』

五月蝿い観客どもが檻の外でぶんぶん喚く。だが、いつものことだ。俺は今為すべきことをするだけだ。

「いい加減死ねよ化け物……!」

「ハハはっ……まだ終われねぇんだよ生憎な」

敵もふらふらになりながら、冷たいコンクリートの地面を駆けてくる。

俺は顔を再度はたき、気合いを入れ直す。構えみたいなものはない。ただ敵と正面から立ち向かう。

「死ねえぇぇぇぇぇぇ!」

敵が拳を高く掲げながら突っ込んでくる。

俺は迷わなかった。右足を一歩出し、素直な右ストレートを放つ。

バキッッッッ!

敵の拳が俺の頬を見事にとらえた。と同時に真っ直ぐ打ち放った俺の拳が敵の頬骨を砕いた。

壁にぶち当たったかのように弾かれ、背中から倒れた。敵はそこから起き上がることはなく、痙攣を起こし意識を失った。

俺は………、意識を喪失しかけながらも、根性で震える足を立たせ続けていた。

『Winner!!無敗の野獣、大野木達人(おおのぎたつと)!!』

『うぉぉぉぉ』と周りの観衆が興奮した声を一斉に上げ、有り余る金を舞い上げたりすることで“賭け”の勝利を喜んでいた。その中にはシャツを脱いで振り回す輩さえいた。

そんないつもの空しい歓声を聞きながら俺は目の前が暗くなっていくのを感じて、コンクリートに吸い込まれるように倒れるのだった。



うっすらと瞼が開かれる。真上の照明に思わず顔をしかめた。

「起きたか」聞き慣れた声が鼓膜を震わす。

「ここは?」

「いつもの医務室だ。かなり消耗していたからな。無理もない」

俺は向き合おうと体を起こそうとしたが全身が棒のようになっていて動かなかった。

「あ、あれ?動かない」

「無理はするな。達人、お前全身骨折やひび、打撲に切傷まであったんだぞ。動くわけねぇ。安静にしとけ」

「……マジか。よく生きてるな俺」

「ははっ全くだ。まっ『野獣』だからな」

「まぁ一週間もすれば歩けるぐらいにはなるさ。なんとか二週間後には復帰できるようにする」

達人は深刻な面持ちで口を閉じた。そして天井に目を移す。その眼には今もまだ闘志がみなぎっていた。

「五対一でよく勝ったよ。それで半日で目覚ますんだからな」

「妹のためだ。ここで止まるわけにはいかない。でも、こんなんだが一応生活できているのは慧司のおかげだ。ありがとう」

突然達人が感謝をしてきただろうか。慧司(けいじ)は照れ臭そうにして視線を逸らした。

「お前に感謝されるようなことはしていない。何一つ、な……」

達人は最後の方の言葉を聞き取れず、何と言ったのか尋ねたが、「何でもない」と言って教えてはくれなかった。すると、慧司は外套だけを手に取って近くに来た。

「まっとりあえず寝てろお前は」

そう言って慧司はニヤリとしながら、あろうことか俺の腹あたりを軽く殴ってきたではないか。

「うっ!お、おい!何すんだ!」

危うく今ので内臓物をまるごと出しそうになった。あぶねぇ…。

「元気なのを確認できたし、俺は帰るわ。んじゃな」

「おいまだ話は…っていててて!今痛みがぁぁぁ!」

「…んじゃな」

「ちょい待っ……いてててて!」

バタンと無慈悲に閉じられる扉。

達人は復活したら一発かましてやると誓いながら、一気に押し寄せてきた再びの全身の痛みに耐え続けるのであった。


慧司は扉を閉めた後もその場に立ち止まっていた。だが、しばらくして慧司は再び歩みを進めた。暗い暗い廊下を進んでいく。どこかから呻き声のような音が聞こえたような気がしたが、それが慧司に恐怖を与えることはない。

「妹のため…か…」

慧司は手にしていた外套を羽織りフードを目深にかぶって、地上へ続く階段のある方へ向かった。



大野木達人は親の顔を知らない。物心ついた頃に覚えているのは瓦礫だらけの町の姿と、一緒にいた三歳下の妹の笑顔だけ。達人は今までどのように育ったのかもわからず、ただ流れるように生き、そんな時に感じるものなんて『寂しい』ではなく『お腹すいた』だった。

妹もお腹がすいたと泣き始め、とうとうどうしようもなくなったときに、比較的身なりの整った人物が達人たちに手を差し伸べてきた。

『一緒に来ないか君たち』

この時の人物こそが慧司の父親であった。その誘いに乗った俺たちはそこで幸せと呼べる生活を送ることができるようになった。彼は元々親を失った子供たちを救済するための孤児院を営んでいたのだった。俺たちは生きるということを何も知らなかったが、世の中のことやここにいる自分達と同じような子供たちのことを聞いてから生きられることの素晴らしさに気づいた。明日を楽しみに生きれたことが幸せであり、当時はそう感じられたことにいつも感謝していた。その時まで俺たちは何も知らなかった。親の顔さえ知らないのだから。でも、今となっては何も知らなかった方が幸せだったかもしれないと思う………。


こんな日々が続けばいいなと思っていたあの頃。流れるままに生きることができたあの頃。

「ねぇ、お兄ちゃん、幸せって何だと思う?」

「いきなりだな……。うーん、そうだなぁ。今のこの状況、とかじゃダメか?」

「分かるよ。私も今がずっと続けばいいなって思ってる。でも、結局幸せって何かなぁって思って」

「そんなこと俺は考えもしなかったな。まぁ幸せってのが何なのかなんて俺には到底分からねぇ気はするが、ミカと一緒にいれたら俺はそれでいいかな」

「ふふ、そうだね。私もお兄ちゃんとずっと一緒にいれたらそれでいいな」

「おい、こんなところで兄妹愛なんざ見せつけてくんな」

「おぉ、慧司、どうした、羨ましいのか?」

「はっ、ちげぇよ!」

「おいおい、ホントは羨ましいくせに!ほれほれ!」

「やめろ!からかうな!」

「もう、慧司さん可哀想でしょ」


毎日バカをやっていたあの頃。将来のことなんか微塵も考えていなかった。だが、そんな日常はあっさりと崩れていった。慧司の父親が流行り病で死んでしまったのだ。優しく慈悲に溢れていた十造さんの死を前に悲しみに暮れたが、問題は思っていたよりも深刻だった。孤児院経営のための金の出所がなくなったのだ。表で働いていたのは十造さんだけだったため、食事どころか住むこともできなくなってしまった。遠くで不穏な爆撃音が轟く中、俺たちは当てもなくさまよい歩くしかなかった。

国という形態すら保てず、金だけが全てになってしまったこの世界では俺たちに救いなんてものはなかった。十造さんに頼りきった結果がこれだ。風の噂によれば十造さんの会社そのものも消されてしまったらしい。一つの会社のトップがいなくなっただけでこの様だ。全ては金。金の価値だけが無意味に上がっていく。人の価値は金よりも低かった。

知っていた。知っていたはずだった。でも、俺たちは目を逸らし続けた。直視していたら気が狂いそうだった。何もない土地に死が隣り合わせの状況で一人ぼっち。あんな思いはもうしたくないと誰もが叫んだ。だが、それを回避する努力を自らしてこなかった。当然の報いのように思われた。

そんな時、慧司が息子としての役目を果たすと言って戦場に駆け出していった。慧司はまだ何かあるはずだと皆に言い続けていた。だが、時は待ってくれない。慧司は駆け出した。俺は止めた。止めたが行ってしまった。俺は強く唇を噛み締めた。血が滲んだが気にも止めなかった。考えることが苦手な俺はいつか妹や慧司を守れるようにと鍛えることだけはしてきた。だというのに中身がこんなにも弱気では守れるものも守れないではないか。俺は覚悟した。覚悟したその時だった。孤児院の仲間の一人が倒れた。症状から見るに流行り病。するとそれが引き金だったかのように次々と皆苦しそうに倒れていく。どんどん衰弱していく仲間たちに何もできない俺は命の灯火が消える瞬間を何度も目の当たりにした。掛けがえのない友が死んでいった。

そして、とうとう妹も病に侵されてしまった。床に伏せ、苦しそうに胸を押さえる妹を抱き上げながら俺は嘆いた。

なんなんだこの世界は。生まれたときから美しい景色など見たことない。なんなんだこの世界は。人はこんなにも儚くもあっさりと死ぬ世界なのか。なんなんだこの世界は…。なんなんだよこの世界は…!

気配を背後に感じた。振り返ると見慣れた顔が見えた。慧司だ。慧司が腕を押さえながらぼろぼろの格好で帰って来た。

『妹を、皆を救う方法があると言ったらどうする』

そう問いかけられた。俺に迷いなんてなかった。

『皆を助けられるなら、なんだってしてやる』

俺は慧司の差し出した手を取り、明日を皆にも生きて欲しくて、立ち上がった。妹には幸せになってもらいたくて、立ち上がった。俺は今まで何もしてこなかったがゆえに何もしてやれない。助けられる方法があるというのなら、どんなことだってやる。例えその先が暗闇しかなかったとしても……。



あれから戦い続けて早三年。気づけば俺も十八歳だ。もう十八年も生きたのだ。時間は苦しい日々のなかでも簡単に過ぎていく。その最中に仲間は皆死んでしまった。残ったのは俺とミカと慧司。それでも俺は抗い続けていた。

俺はいつもの戦いを終えて控え室として扱われている部屋に戻ろうとしていた。

「あいつらチェーンソーはダメだろ…。もう少しで腕なくすとこだっ……」

突然殺気を感じて達人は咄嗟に横に飛んだ。横目で俺の居た先を見ると、そこには鉈や刀を下ろした男が三人写っていた。

俺は勢いを殺すことなく足を蹴り出し距離を取り、そして逃げる。

「どうなってんだよ!」

身体能力には自信がある。だが、不意討ちはいかん。殺す気かよ。まぁ殺す気なんだろうけど。

走りに走って久々に地上に出るための階段を上がっていく。だが、目の前からナイフを構えた男たちが駆け降りてくる。

「ははっ、なめんな!!」

俺は拳を振りかざし、真っ直ぐ突いてきたナイフを頬にかすめながら男を殴り飛ばした。

後頭部を階段で打ち付ける音が聞こえたが、無事は確認できない。死んでないことを願っているが…。

「達人!こっちだ!」

声のした方に向かう。この声はあいつだ。

「慧司!どうなってる!?」

「達人、すまん。俺のせいだ。借金、借金が返せなくてな」

「借金?」

遠くの方から俺たちを追っている野太い声が聞こえてくる。こんな裏路地簡単にバレる。

「走りながら話そう…」

「あ、あぁ」

 俺たちは奴らの目を掻い潜るようにして転々と影を移動していった。そしてその最中に慧司は淡々と語りだした。

 慧司曰く、自分は俺が地下コロシアムで稼いだ金を使って今まで遊んでいた。元々自分が遊びたいがために俺を騙したんだと。

「それで妹は死んだと」

「あぁそうだ。殴りたきゃ殴れ。こうなったのも俺のせいなんだから……」



 瞬間、目の前に拳が現れた。そして気づいた時には俺は空を見上げていた。頬が高熱を持ち、口の中では血の味がした。

「なぜだ……」

 達人は拳を震わせ叫ぶ。

「なぜ嘘をつくんだ!!」

 俺は呆然としながら達人の目を見据えた。

「お、おい。嘘って……」

「嘘は嘘だ!お前が誰より俺たちを助けようとしてくれたことを知っている。お前は十造さんに似ているから、よく分かる」

 俺は歯を食いしばり、一息に立ち上がり達人の胸倉を掴み上げた。

「お前の妹を助けられなかった。それだけじゃない。仲間たちも皆死んだ!何のための医療だ!何のための借金だ!お前の稼ぐ金では足りなくなってしまった。俺は自分が許せなかった。お前に殴って、いや、殺してほしかった……」

「だから嘘をついたのか」

俺は唇から血を流しながらコクリと頷いた。

『いたぞ!ここだ!』

追手にとうとう見つかった。後ろは崩れた瓦礫で塞がれている。これはもう万事休すだな。

「すまない。お前までこんなことに巻き込んでしまった」

「……妹は最後になんて言ってた?」

「お兄ちゃんは守ってあげてねって言っていた……」

最後まで兄貴思いのいい子だった。死ぬことが分かってもなお笑顔を絶やすことはなかった。

「そうか」

その瞬間、銃声が響いた。だが、俺には当たっていない。眼前には達人の赤くにじんでいる左肩があった。

「達人!?」

「なら俺もお前に頼みがある」

再び銃声が鳴る。達人が痛みに耐えるような呻きを上げる。

「俺たち兄妹のかわりに生きろ。そして俺たちが生きていた証を残してくれ。頼んだぞ」

さらに銃声が轟く。だが今度は笑い声を上げた。

「はははははっ!かかってこい虫けらどもぉぉぉぉ!」

 銃の存在などお構いなしに斬り込んでいき、素手で次々に薙ぎ倒していく。そして開ける瓦礫と化した町中への道。

「走れ慧司!」

俺はここから立ち去ることを躊躇った。

「早く行け!お前がいると邪魔だ!行け!」

 俺は拳を震わせ走り出した。後ろは振り向かない。銃声がまた聞こえた。だが走り続けた。目的もなく走り続けた。突然降り出した雨も気にせず……。



一夜が明けた。俺は後悔と自己嫌悪で何度自らの首を絞めたか分からなかった。でも、日が昇り、目の前に鳥が現れた時に決意した。

「俺は愚かだ。何もかもに目を背けてきた。でもお前たちはいつも向き合っていたんだな」

 瓦礫を覆い隠すように広がっていた布を手に取り外套のようにかぶった。そして確固たる決意のもと歩き出す。布の下の眼光にはもう闇は存在しなかった。

「俺は生きるよ」

 慧司を眺めるように見ていた鳥は、首をかしげるようにし飛び去った。

今後は不定期ですが、投稿を復活していこうと思いますので、ぜひともよろしくお願いいたします。

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