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第五話  姉弟

 

 



 今日が休みでよかった。

 昨日のことが相当響いたらしく、俺は昼過ぎまで爆睡してしまっていた。

 土曜日で学校が休みのため、蓮の様子がわからないのが少し残念だったが、同時に少しほっとしている。

 この土日が蓮に落ち着いて考える時間を与えてくれるだろう。

 月曜日になったら、いつもの蓮にもどってくれてればいいのだけど。


 もし、いつもの穏やかな蓮に戻っていたら、あの交通事故の件を聞こう。

 もし、蓮が話したくないというのなら、そのときは二度と聞くまい。

 きっと蓮のことだから、知らなくていいことを知らせたくないという優しさからくる嘘と思おう。


 俺は、心が決まり、ちょっと晴れ晴れとした気分になった。

 外にでも出たい気分であったが、何せ昨日の一件があるので一人でふらふらするわけにもいかず。

 かといって、家でゴロゴロするのもなんだかな気が進まず。

 敦は、どうせ部活だろうし。蓮を誘うなんてとてもできないし。

 とうだうだと今日のスケジュールを考えていたとき、姉が話しかけてきた。


「駅前に、マジで美味い神なラーメン屋ができたんだけど、行かない?バイト代入ったからおごるぜ。」


「まじでか?!!!行く!!!!!」


 姉の美樹は、俺とは5歳違いで地元の大学に自宅から通っている大学生である。

 5歳も離れていることと、姉と弟ということもあって、ほとんど喧嘩をしたことがなく、かなり仲の良い姉弟なんではないかと思う。

 姉は、とても賢いのでもっとレベルの高い大学に進学できたはずなのに、いかに楽をして生きるかをモットーにしているめんどくさがり屋のガサツな自由人なので、実家に寄生できるだけ寄生してやると意気込み、地元の大学に進み、地元の企業に勤め、地元の人と結婚し、実家の近くで暮らすことを計画している。

 男の俺以上に男みたいな性格をしているので、結婚以降の計画はたぶん実現しないだろうなと内心思っているけど姉には言わないでおいている。言ったらきっと鉄拳制裁を食らいそうだ。

 めんどくさがり屋ではあるものの、結構、俺に対しては面倒見がよくて、優しくしっかりしてるので俺的には非常に頼れる姉貴というか兄貴というかそんな存在なのである。


 結構、食の好みも合うこともあって、近所に美味しい飲食店ができるといそいそと二人で出かけることがしょっちゅうある。俺は、毎月3000円のお小遣いのみなので、基本たいてい姉がおごってくれる。

 俺は、姉の太っ腹さに毎度感謝しながら、美味いものを無料で堪能している。


「お母さん、壮と一緒にラーメン食べてくるから。車借りるよ~。車のキーどこ??」


「ええ?? 出かけるの~? 昨日の件もあるからお母さんとしてはしばらくは家にいてほしいのよね~。」


「んー、気持ちはわかるけどさ~、せっかくの休みに閉じこもっててあんまりよくないし。

 気持ちもふさぎ込んじゃうでしょ。

 まあ車で直行して、ラーメン食べたら即帰ってくるからさ。

 人通りの多いとこだし。なんてったって駅前だしね。さすがにそこで拉致されることはないっしょ。

 私も隣にいることだし。」


 (ねーちゃん、ナイス!)


 ん~~っと母は、不満げにしながらも仕方なく、姉に車のキーを渡していた。


「ほんっとに気を付けてね。狙われてる可能性だってあるんだから。」


「へいへ~~い!」


 心配する母を横目に、俺は適当に返事をし、とにかく早くラーメンが食べたくてウズウズしていた。

 ワクワクしながら助手席に乗り込む。


「ねーちゃん、サンキューね! 俺、マジなんか家いたくなくてさ。

 なんか一人だと色々考えちゃって。連れ出してもらえて助かったわ。」


「んー? いいってことよ。ちょっとアタシもアンタに話したいことあったからさ、ちょうどいいべ。」


 姉がアクセルを踏み込み、車を発進させる。


「え? 話って何?」


 姉が、改まって何か話をするときは、本当に重要な事が多い。

 物事の核心的な話を突然してくるのだ。

 今回もどんな話が来るのか。


「蓮のことよ。」


 来た。いきなり来た。


「蓮ってさ、なんていうかちょっと変わってるとこあるよね~?

 アンタ感じたことない?たまにフッとなんか人間味がなくなるっていうか、存在感消すっていうかどう表現していいかわかんないんだけど。違和感みたいなもの感じるんだよね。」


「そ・・・そうかな・・・。みんな結構、蓮のこと変わってるとかいうんだけど、俺は、んー・・・あんまり感じたことなくて。まあたまに無表情になったり、集中して何かやってるときは近寄りがたいなっては思うのだけど。」


 敦もそういえば、昨日変わってるとかなんとか言ってた。

 俺ら3人は物心ついたときから、一緒だったのに敦と俺とで蓮に対する印象が違う。


「そか~、アタシはアンタたちが生まれたときから知ってるから3人を比べちゃうんだけどさ、敦はあの通り荒いけど裏表ないまっすぐな奴じゃん。

 壮は、天然で素直な子で、わが弟ながら心配になるくらい純粋というか。

 それに比べて、蓮はね・・・。なんか裏を感じるんだよね・・・。悪い子とは思わないんだけど。

 これ、いっとくけど悪口ではないんだよ。

 なんていうかアンタが心配でさ。ちょっと蓮とは、距離置いたほうがいいのかなーっておせっかいだとは思うんだけど、そんな考えがおとといの交通事故の一件からずっと湧いてくるんだよね。」


 姉の言葉はちょっとショックだった。

 俺の様子などお構いなしに、姉はまっすぐ前方を見据え話し続ける。


「アンタはさー、小さかったから覚えてないかもしれないけど、あの交通事故の無傷の奇跡みたいなのって、2度目なんだよね。アタシしか知らないけど。」


「ええええ?! 」


 予想だにしなかった姉の話に、時間が止まったかのような感覚に襲われた。


「町内会の企画でさ、子供たちとその親でみんなで湖に泳ぎにいったのよ。

 私があの時小4とかだから、アンタは5歳で幼稚園年長さんだったかな。

 アンタまだ泳げないのにね、浮き輪も持たずに、アタシとアタシの同級生たちになんでかついてこようとしてさ。

 蓮が引き留めたにも関わらず、湖に入っちゃったんだよね。

 親達は、世間話で夢中でさ。完全にアンタから目を離してて。

 まさか私、付いてくるとは思わなくて、振り返ったらアンタがいないの。

 急いで、潜ってアンタを探したんだけど、ゴーグルとかなかったから全然よく見えなくてさ。

 必死でアンタを探したのに、見つからないのよ。

 もうアタシ、パニックになっちゃって。

 息が続かなくて、水面に出たら蓮がアンタのこと抱えてて。

 アタシ、慌てて駆け寄って確認したんだけど、アンタの唇も顔色も真っ青で、息してなくて。

 仮死状態なのかもしかして死んじゃってるのかわからない状態でさ。

 どうしていいかわかんなくて、ひとまずアンタを蓮に託して、私は親を呼びにいったわけ。

 で、母親と一緒に戻ってきたときどうなってたと思う?」


 そういって、俺のほうへちらりと姉が視線を向けた。

 俺は何も言えず、ただ黙って聞くしかなかった。


「まあ、もう予想ついてるかもしれないけど、

 アンタ見事に何事もなかったかのように復活してたの。

 溺れた記憶もなくなってたみたい。ニコニコしてはしゃぎまくってた。

 今回の交通事故のときもそう。蓮がそばにいて、アンタは車に撥ねられたのに無傷。

 本当ならとんでもない重症を負っているか既に死んでいるか。

 不自然なんだよね。

 もちろん、アンタが無事怪我なく、生きてることには感謝してる。

 でも、溺れたときと車に撥ねられたとき、一体何が起きたのか。

 蓮しか知らないけど、きっと蓮が何かをしたんだと思う。

 私たちが持ち合わせてない力で。

 探り出すことも問い詰めることもできたのかもしれないけど、

 あの子がもし隠しておきたいならそっとしておくのも手かもしれない。

 危害を加えるどころか、あんたの命を2回も救ってくれてるわけだしね。

 でも、なんかわかんないけど嫌な予感がしてならないのよ。」


 姉はそこで深いため息とともに、口を閉ざした。

 そこまで話終えたときちょうど駅前の駐車場についた。


「ひとまず、暗い話をいったん置いといて、がっつりラーメン食いににいきっまっせう!!!」


 姉が、今までとトーンを変えてニコっと笑ってくれたが、俺は笑う気になれなかった。

 森さんの言ってたことと姉が言ってたことが、合致する。

 蓮には、不思議な力が宿っているのだろうか。

 姉の後ろをトボトボついていき、店内に入る。


「好きなもの頼みな。一応おすすめは海老味噌ラーメン。スープがやばすぎだからこれ、替え玉必須ね。」


「うん、わかったそれにする。」


 俺は、今は色々と考える余裕なくて、なんでラーメン食べた後に話ししてくれなかったのだろうとちょっとだけ姉を恨んだ。悩み多けれど、やはり腹はすく。なんだかんだでラーメンはめちゃくちゃ美味かった。

 ただ、頭の中はぐっちゃぐちゃだった。


「ごめんよ。なんか混乱させたかもしれん。

 アタシも怖くてさ。立て続けに昨日拉致されそうになるし。

 それも前回と同じなんだけど、前回拉致されたのは蓮だったんだけどね。

 でも蓮の場合拉致られても1日もしないうちに、本人がもどってきたんよ。

 でも、なんにもしゃべらなくて。ご両親も警察も医者もなんとか当時のこと聞き出そうとがんばったらしいけどね。どうしてもだめだったみたいだね。

 アタシさ、思うに今回の拉致は、犯人たちが蓮と壮を間違えたんじゃないかと思うんだよね。

 それもあって、蓮のそばにはいないほうがいいような気がして。」


 「嫌だよ。蓮がもし標的だったら蓮を一人にしておけない。

 なんで蓮だからってそんな対応になるの?蓮には確かに秘密があるかもしれないけど、そのせいでいろいろ巻き込まれるかもしれないけど、蓮をほおっておくことは絶対できないし、蓮を拉致するような輩がいたら俺が許さないよ!」


 姉は、やっぱりなという顔をしながらポンポンと俺の頭を叩いた。


 「ま、アンタならそういうと思った。

 でもさ、アタシたち家族も敦も含めてみーんなが心配してるってことを忘れないでおくれよ。

 頼むから無茶だけはしないように。アンタ、あの3人の中じゃ一番チビで非力坊やなんだから。」


 「きーーーーー!!!わかってるよ!!どうせおしゃべりチビクソ野郎ですよ。

 でもね、俺は逃げずに蓮を守りたい。幼馴染だし親友だし、兄弟みたいなもんだし。

 過去に何があっても、蓮の隠してる秘密がなんでももう俺は決めた!なんでも受け入れる!」


 「おお、言い切ったね~~!腹くくったから。それならよし。

 中途半場が一番いかん。そばにいるって決めたならもう姉は何も言いません。

 ただ、本当に困ったときはちゃんと相談するように。二人で抱え込んだりしないようにね。」


 そういって、姉は優しく頼もしく微笑んでくれた。

 何が起きようと俺は覚悟を決めた。

 姉の話した内容が結果、俺の背中を押したのだ。


 ラーメンをすする。


 海老のうまみが凝縮された濃いい味噌スープをぐいっと飲み干す。


 ラーメンのどんぶりを置いたとき、心の中で「よし!」と叫んだ。


 月曜といわず、今日蓮に声かけてみよう。

 出てくれるかどうかにかかわらず。

 話してくれるかどうかにかかわらず。



 ごちそうさま!



 今度は、敦と蓮と一緒に来たいな。

 姉貴の心遣いに感謝しながら、車に乗り込み家路に向かった。



 蓮、ちゃんと話そう。


 ちゃんと受け止めるから。







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