第四話 拉致
自分の身に起きた真実を知りたいような知りたくないような、あの蓮が俺に嘘をついてまで隠したいような事実があるのに、それを無理やり聞き出してよいものなのか。
俺は、答えを出せないまま自宅の門までたどり着いてしまった。
蓮の家は、うちの家の左隣で、2階の俺の部屋の真向かいが蓮の部屋だ。
蓮の部屋の明かりはまだついてない。
もう夜の7時過ぎだというのに、まだ蓮は帰ってないようだ。
いつも俺たちはお互いに用があるときは、長いほうきの柄で窓をノックして、相手を呼び出す。
屋根づたいにお互いの部屋を行き来できるが、親に見つかると怒られるので基本は、お互い窓辺に座って話すってのがいつものやりかただった。
今日の俺は、いつ決心して、アイツの部屋の窓をノックできるんだろう・・・。
俺は、じっと蓮の部屋の窓を見つめいた。
考え事をしていたせいで、全く気付かなかったのだが、このときすっと俺の後ろに黒いバンが止まり、中から二人の男が出てきていた。
突然、一人の男に口を後ろから抑えられて、上半身を羽交い絞めにされ、もう一人の男がひょいと俺の両足を持ち上げた。
ジタバタしたが、何も抵抗できない。
(やばい!!!なんだよ?! これ―――!? 誘拐?!拉致?)
危うく車の中に、運び込まれそうになったとこに、敦が駆けつけて、俺の両足を持っていた方の男にタックルして、男とともに地面に倒れこんだ。
と同時に俺の足が自由になったので、ここぞとばかり俺は足をバタバタと動かし、必死でもがいた。
口から手が外れた瞬間に、声にならない叫びをあげた。
「あああああああああーーーーーーーーーああああああーーーー。」
「助けて」なんてちゃんとした言葉らしい言葉は、こんな追い込まれた状態では出ないものなのだ。
俺の尋常じゃない叫び声は近所中に響き渡り、ワラワラの人が集まり始めた。
男たちは、人の気配を察知し、俺の拉致を諦めてさっと車に乗り込み、ものすごいスピードで走り去っていった。
「大丈夫か?!! 壮!!」
あまりの出来事に、その場にへたり込んだ俺の肩を抱いて敦が、険しい顔して俺の顔を覗き込んだ。
「アイツら誰だよ! なんだったんだよ、今の・・・。」
飛び出してきた母親が、駆け寄ってきて俺の頭を両手で包み、
「壮、アンタ大丈夫? 何があったの!!」
「・・・わかんない・・・けど、黒い車に乗ったヤツらに、連れ去られそうになった・・・。」
震える声で母親にそう伝えた。腰が抜けて、立てずにいた。
ご近所さんたちも次々に声かけてくれた。
「壮君、大丈夫ね? 怪我はないね?
可哀想に、昨日、交通事故にあったばっかりなのに・・・。」
「警察に一応通報しといたがよくないかね? 」
「物騒な世の中やね・・・まさか近所で拉致事件が起きるなんて・・・。」
みんな心配そうな顔をして、俺たち家族と敦を見つめていた。
「皆さま、夜分遅くにお騒がせいたしました。
今から警察には連絡して、今後このようなことがないよう親子共々気を付けるようしっかりやっていきますので。ほんとにこのたびは申し訳ございませんでした。」
母が、不安顔のご近所さんたちに、深々と頭を下げた。
俺は、敦に肩を貸してもらいようやく立ち上がることができた。
母と一緒に、頭を下げてからフラフラになりながら、敦の力も借りてなんとか家の玄関にたどりついた。
「敦、マジありがとう。敦がいなかったら、俺完全に拉致られてた・・・。
ほんとマジ感謝。」
「おう。俺もマジびびったわ。部活終わって帰ってたら、目の前でお前が連れ去られそうになってて、マジ間に合ってよかったわ。ってかマジなんなんだよ、あれ?全員黒い服きて、黒の覆面かぶってたぜ。かなり手慣れてた感じしたな・・・。てか、俺のタックルが効いてよかったわ。あんなやつら相手に。」
「いや、敦はデカいから、たいていの人間は、敦のタックルくらったら吹っ飛ぶと思う。」
俺は力なく笑った。
敦は中学3年生ながら、身長180cmを超えており、がっちりとした筋肉をまとっている。手足もデカいし、腕も肩も胸もこれでもかというほど太く、厚い。この筋肉ダルマのような男に本気のタックルを食らえば、中3という年齢関係なく、とてつもないダメージを食らうだろう。浅黒く日焼けし、野性味ある精悍な顔立ちはすでに少年ではなく青年という感じだ。少し粗野で、荒っぽい印象を受けるので、もし幼馴染でなければたぶん一生友達にはならなかっただろうタイプだと俺は思っている。
でも、今回ばかりは、心底、敦の強さと逞しさに感謝した。
「俺、タックルかましたとき、カバンどっかに放り投げたままだったわ。
ちょっくら、探してくる。」
敦が玄関からそう言い残して、出て行った。
後ろを振り返ると、母が電話で警察と何やら話し込んでいる。
次から次に、いろんなことが立て続けに起きて、親に心配かけてばかりだ。
俺は、少し落ち着きを取り戻し、靴を抜いで玄関から家に上がろうとしていたとき、玄関にふわっと人影が現れた。
「ああ・・敦・・・おかえ・・・え? 蓮・・・?!」
立っていたのは蓮だった。
ひどく眉間にしわを寄せ、辛そうな表情をしている。
「壮君・・・拉致されそうになったってほんと・・・? さっき、ご近所さん達の立ち話聞いて。」
「そうそう、もうマジ勘弁ですわ。敦が助けてくれてさ~。アイツがいなかったら俺完全にアウトだったわ。
もう、わけわからん。なんで俺ばっかこんな目に合うのか。」
蓮は、俺の前にひざまずいて、座り込み、うつむきながらぽろりとこぼした。
「全部・・・俺のせいだ・・・。」
蓮は、両手で顔を覆って、正座のままうずくまってしまった。
「蓮・・・だ・・だいじょうぶだよ?俺。
昨日の件もさ、俺が勝手に蓮を庇っただけだし。さっきの拉致は蓮は全然関係ないし。
そんな自分を責めないでくれよ・・・。蓮のせいじゃないよ。」
蓮は、何も言わず、うずくまったまま首を横に振った。
「自分のせいだ」と言わんばかりで、俺の声など届いてない様子だった。
俺は茫然として、どう蓮に声かけていいかわからず、蓮を見つめていたらそこに敦が帰ってきた。
「おお、蓮。何してんだ?具合でも悪いのか?
おい、壮、蓮のやつどうしたんだ?」
蓮の尋常じゃない様子に、敦はとまどいながら怪訝な面持ちで俺を見た。
「お・・・俺もよくわかんないんだけど、蓮が急に『全部、俺のせいだ・・』って言いだして。」
「あ?? なんで?? 蓮がなんかしたのか??」
敦も全く蓮の考えが読めず、俺と同じようにどうしていいかわからない様子だった。
しばらくすると、蓮が頭を上げたが、俺たちのほうは見ずに、目を伏せて思いつめたような表情を浮かべ、すっと立ち上がり、「ごめん・・・。」と一言残し、玄関から出て行った。
「蓮!!!!!」
俺と敦の呼び止める声もきかずに、蓮は玄関から飛び出したまま戻らなかった。
「おいおい。なんだよ、これ。
お前は拉致られそうになるわ、蓮は意味不明やわ。
さすがの俺もどうしていいかわからんぞ。」
敦が立ち尽くして、途方に暮れていた。
俺も蓮の様子のあまりのおかしさに、どうしていいかわからない状態でいた。
昨日の蓮の行動といい、今日の様子といいどう考えても何かあるのは間違いないが、何からどう手をつけて蓮に問えばいいのか考えが全くまとまらなかった。
そんな様子を察知したのか敦が、この空気をどうにかしようと口を開いた。
「まあ、気にはなるけど、少し時間をおこう。
蓮って、結構一人で何考えてるかわからねぇときがあるし、少し時間経てば、落ち着いて話しもできるだろ。
お前もそんなに気にすんな。今度一緒に話し聞いてやろうぜ。今はひとまずそっとしておくべきだろう。
にしてもよ、お前なんであんな時間に帰ってたの?
俺や蓮より先に帰ってたろ??」
「ああ、それは・・・ちょっと色々寄り道しちゃって、遅くなったんだわ。」
森さんから衝撃の事実が語られたことなんて、今から敦に話せばさらに混沌としそうだからそれは秘密にしておくことにした。
「んー、これからどうすっかなー。やっぱ、一度あることは二度ありそうだし、お前の登下校の守り役がいるな~。お前、蓮と一緒に図書館に付き合えよ。んで一緒に帰れ。蓮の様子がおかしかったら、ひとまず俺の部活終わるまでどっかで暇つぶしてろ。俺が送る。とにかく、これから先は少しの間用心したほうがいい。一人になるな。」
俺が女子だったら惚れるんだろうなってくらい男気のある言葉をかけてくれる敦には本当に感謝だった。
「うん。ちょと蓮にも相談してみるわ、様子見て。男のくせに、一人で登下校もできないなんて恥ずかしくて、二人にしか頼めない話だし。ほんと、ありがとう。」
敦は、「おうよ!」とニカっと力強く笑い、自宅へ帰っていった。
夕方からの異常事態のラッシュに俺は疲れ果てていた。
二階の自分の部屋に入って、そのままベッドに倒れこんだ。
蓮の部屋から少しだけ明かりがもれている。
蓮はどうしてるだろう・・・。
まだ考えがまとまらない。
まとまらないなりに、蓮の顔を見ればとにかく何か言葉がでてくるのだろうかとも思った。
でも、今はあの打ちひしがれて、思いつめた蓮の表情が頭に浮かんでしまって、どうしても窓をノックする気になれなかった。
きっとノックしたところで、蓮は出てきてくれはしないだろう。
「壮~!警察の人が来たわよ~~!ちょっと降りてきてーーー!」
母の呼ぶ声がする。
ああ、休む暇なし。考える余裕なし。
俺は、警察から事情聴取されることとなった。
ひとまず拉致未遂事件として、犯人捜査されることとなった。
俺はというととにかく一人で行動しないこと。
登下校は、親同伴という中3男子としてはちょっと恥ずかしい約束をさせられる羽目になった。
警察も帰り、少し落ち着いたのか母親が愚痴り始めた。
ぼーっとしてるからこんなことになるんだとか、男のなのに拉致されるとかありえんとか、誘拐されても出せるお金ないとか犯人何考えてんねんとか一人でぷんすかし始めたので、俺は反論することなくしばらく相手をして、そっと自分の部屋に戻った。
いつもはガサツ極まりない姉が、心配そうに俺の部屋を覗き込み、「大変やったね。お疲れ。」とプリンをくれた。
ちょっとねーちゃんのこういう優しさに、ほろっときながら俺はもう今日は寝てしまうことにした。
長かった夜を終わりにしたい。
明日は、何が起きるのか。
蓮・・・。
しばしの休息。
まだみぬ明日に備えて。