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第三話  相違

 



 学校に着き、教室に入ったところで、一人の女子が駆け寄ってきた。

 それはまさかの俺の憧れの もり 詩織しおりさんだった。


「寺井くん!! なんで・・・?」


 森さんは、それだけ言って俺を凝視しながら固まってしまった。


「ど・・・どうしたの? 森さん? いきなりなんでってどういうこと?」


 小学校の時からずっと憧れていた森さんとまさかの会話成立に、有頂天になる気持ちを抑えて、なんとか平静を装いながら答えた。


「だって、昨日事故に・・・。」


 ああ、なるほど。これで合点がいった。

 事故に合ったはずの俺がなぜ翌日ふつうに登校できているのかが不思議なんだなと。

 にしても、俺の事故情報を森さんまで知ってるとは驚きだ。


「あ、昨日の事故のこと、もう森さんも知ってるんだね?

 いやー、なんか凄い事故だったらしいけど、俺全然覚えてなくてさ。

 どうも記憶なくなっちゃて。でも、驚いたことに奇跡的に無傷なんですわ。

 本当にどっこも痛くなくて。俺もびっくり。すごいっしょ!」


 そうおどけてみせた俺をやっぱり森さんはずっと凝視したままで、固まっていた。

 そんな俺たちに気づいた蓮がそっと近づいてきて、問いかけた。


「森さん、まさかあの現場にいたの?」


 森さんは、一瞬言葉を失い、戸惑いながら震えるような声で


「い・・いや、ラ・・ラインで、事故に合ったって連絡もらって・・・。」


「そかそかー! それで知ってたんだね! でもまさか次の日しょれっと登校してくるとは思わないよね~」


 俺はのんきに笑っていたが、蓮は無表情で森さんをじっと見つめていた。

 森さんは、うつむいたまま蓮とは全く目をあわさず、居てもたってもいられない感じで俺たちに背を向け、自分の席へ戻っていった。


「どうしたんだろう・・・、森さん。」


 せっかく憧れの人が話しかけてくれたのに、なんだか後味の悪い感じで終わってしまったことが非常に残念だった。


「気にしないでおこう。森さんも壮君の奇跡に驚いてるだけだと思うよ。」


 蓮は、にこっと俺に笑いかけた。さっきの無表情がちょっと怖く感じてしまったのだけど、すぐにいつもの穏やかで優しい蓮に戻ったので俺はちょっとほっとした。


 そのあとは、いつも通り授業を受け、休み時間にはクラスメートからの事故についての質問攻めにあったもののほぼいつもと変わらない学校生活だった。


 無事授業が終わり、敦は部活、蓮は図書館へ行くとのことで、俺は一人で帰ることとなったわけだが、ここでもまた朝と同じく、まさかの森さんがトコトコと俺の元にやってきて、一緒に帰ろうと言ってきたのだ。


(まっ・・・マジでか・・・?!)


 森さんは、学年一可愛い人で、誰にでも優しくて、いつもニコニコしてる天使で女神のようなお方なのだ。

 俺みたいなクソ男子にも優しい笑顔を向けてくれる。モテる男子からもモテない男子からも圧倒的な支持を集めるお人なのだ。

 色白だけどほんのり頬や唇がピンク色で、栗色のロングヘアがサラッサラしてて、これまたすごくいい匂いがする。なんか変態みたいだけど、マジでいい匂いなんだわ。

 顔も手も足もみんなちっちゃくて、言葉遣いもほんと綺麗でいわゆる男が理想とするTHE 女の子なのだ。

 俺には、姉がいるけど信じられないくらいのガサツ女だから、女子という生き物に希望が持てずにいたのだけど、この世にはいるのだ。森さんのような奇跡的に可愛い子が!!!!

 そんな奇跡の女子が、この俺と一緒に帰ってくれるだってーーーーーーーーー?!!!


 俺は鼻息が荒くなるのと胸のときめきが抑えられず、テンションMAXで頭が沸騰して、昇天しそうになるのを必死で抑えながら、返事をなんとかしようと試みたけどうまく言葉がでなくて、なんとかこっくりうなずくことだけできた。

 我ながら、情けない。


 俺が先に歩き、森さんが後ろをついてくる形となった。

 なんだこの微妙な距離感。

 後々理由がわかったのだが、俺は緊張のあまり、ものすごい早歩きになっており、小さい森さんは後から必死で俺を追う形になっていたのだ。


「て・・・寺井くん・・・歩くの早い・・んだね。」


 森さんが、息をきらしながら話しかけてくれたので、ようやく我に返った。


「ごっ・・・ごめん!! おっ俺、女の子と一緒に帰るとかマジ初めてで・・・。」


 うろたえながら、俺はその場で立ち止まった。

 陽も沈みかけて、薄暗くなってきた。

 早く家に帰してあげないととは思ったが、俺と一緒に帰るとか絶対何か事情があると思われたので、歩きながらより座ってじっくり話したほうがいいかと思った。

 そこに、ちょうど立ち止まった目の先に公園があり、ベンチが見えたので、ひとまずちょっとそこに座って休むことを提案したら、森さんはこっくりとうなずいてくれた。


 ベンチに二人で腰かけて、一息おいて俺が口を開いた。


「森さん、俺なんかと一緒に帰るって、なんか絶対理由があるんだよね?」


 森さんは、ひどく困ったような顔して唇をかみしめていた。

 そして、意を決したように話し始めた。


「実はね、私・・・昨日、寺井君が事故にあった現場のコンビニにいたの。」


「え・・・?!」


「んでね、寺井君が三上君を庇って車に跳ね飛ばされたのも見てたの。

 私、交通事故の現場とか見たことなかったから本当にショックで・・・。

 寺井君ね、跳ね飛ばされたあと、コンビニの中の壁に思いっきり激突してて、

 どさって床に崩れ落ちてね。壁とか血だらけになってて、もちろん寺井君はもう見てられないくらい全身血だらけで。

 手も足も首も・・・変な方向に曲がってて・・・。

 私、コンビニの外にいたんだけど、寺井君のその状態を見て、怖くて怖くてどうしようもなくなって・・・。

 逃げ出してしまったの。ごめんなさい・・・ほんとにごめんなさい。私・・・何もできなかった・・・。」


 森さんはそう言いながら、泣き出してしまった。


 俺は、森さんの口から語られる事故当時の真実にあっけにとられていた。

 森さんは、ぽろぽろと涙をこぼしながらも一生懸命話してくれた。


「あんな状況で、二人を見捨てるようなことして、私、本当に二人に申し訳なくて。

 昨日はずっと家に帰って、震えて眠れなかった。あのあと、寺井君はどうなったんだろうって。

 死んじゃったのかなって。三上君は、取り残されてどうしたんだろうとか。

 店員さんもたまたまいなくて、三上君一人ぼっちでどれだけ辛かっただろうとか。

 色々考えたら、辛くて、自分が情けなくて。

 夢だったらいいのにって思った。でも夢じゃなかった。

 今日の朝、コンビニの前行ったら、コンビニが全焼してた。車から火が出たんだって。

 ゆ・・・夢じゃなかったんだって思い知らされて・・・。」


 小さな肩を震わせて、うつむいて泣いている森さんを見てると俺自身が辛くなってきた。


「森さん。そんなに自分を責めないで。事故の現場を初めてみて、冷静に判断して行動できる人なんて大人でも早々いないよ。ましてや俺らみたいなまだ子供じゃあさ。

 森さんがそこまで俺らのことを心配してくれてたのが逆にすごいうれしいよ。

 それにさ、俺どういうわけか今無傷で生還できてるしさ。なんでかわかんないけど。

 いや、マジなんでなんだろう・・・。」


 俺は、森さんを励ましながら、彼女の見た事実と今の現状の著しく激しい相違に気づいた。


(俺が血だらけで、ぐちゃぐちゃの状態で、死にかけてた???)


 森さんが、ようやく泣き止み、顔をあげて、不思議そうに俺を見た。


「私が見たことが夢じゃないとしたら、森君は相当な大怪我をして重傷だったと思うの。

 でも、今日の朝、普通に登校してきたから私またびっくりしてしまって・・・。

 あんな状態だったのに、奇跡的に無傷とかなんとかって・・・無傷なはずないのに。」


「俺・・・事故のときの記憶がなくてさ。蓮とコンビニ入ったぐらいの記憶までで、

 それから先の記憶ないんだわ。気づいたら病院のベッドで寝てて。

 蓮は、俺が撥ねられたとき、人形みたいに吹っ飛んでいったって言ってたけど、

 でも奇跡的に無傷だったんだよってそれしか言わなくて。

 でも、よくよく考えてみたら怪我一つないってやっぱりおかしいよね。」


 昨日までの自分の身に起きた奇跡に対する高揚感は今となっては、逆に起こり得るはずのないことが起きていることに対する得体のしれない恐怖感へと変わっていた。

 そして、もう一つ気づいてしまった受け入れたくない事実。


(あの蓮が、優しい蓮が俺に嘘をついている。)


 俺は、しばらくどうしていいかわからず、途方に暮れていた。

 もうとっくに陽が沈み、辺りはだいぶ暗くなってきた。


「森さん、もうかなり暗くなっちゃったし、ひとまず今日は帰ろうか。

 家まで送るよ。危ないし。ちょっと俺今日、蓮に聞いてみるわ。

 アイツが真実を知ってると思う。」


 森さんは、「うん。」とうなずき、それからお互い何も話すことなく、

 森さんを家まで送り届けた。


「森さん、今日はありがとね。

 色々びっくりさせたり、心配かけたり。

 ひとまず、俺は無事だし、なんか変だけど。

 まあ、結果オーライだから良しとしないとね!

 今日は、ゆっくり休んでね。」


 と、いつもの俺では考えられないくらい紳士なセリフがスラスラと出てきた。

 森さんと話せた幸福よりもやっぱり蓮が嘘をついていることが俺にはショックで、

 そのショックのせいか緊張もなく、森さんともふつうに話せてしまったのだ。


「うん。すごくつらかったけど、寺井君が無事でよかった。

 何が起きたのか不思議だけど。もし、三上君に何か教えてもらえたら、

 私も聞きたいな。あ、でももし言えないようなことだったら無理はしないでね。

 奇跡が起きたんだってことで、納得します。」


 森さんは、にこっと笑って手を振って家に入っていった。


 森さんと二人きりの夢のような時間のはずだったのに・・・。


 俺は、家までの帰り道ずっと蓮にあの時のことをどんな風に聞けばいいのか、ずっとぐるぐると考え続けていた。

 

 (なんで蓮は、本当のことを言わなかったんだろう。

  俺に何が起きたんだろう。

  知ってるはずなのに・・・蓮は何も言わなかった・・・。)


 真っ暗な空に星がキラキラ瞬き、欠けた月が雲の間から覗いていた。

 春とはいえ、夜になるとちょっとだけ寒い。

 ところどころに咲いている桜が、夜風に揺れて、花びらがそのたびに舞い散る。


 綺麗な夜桜のはずなのに。

 なぜだか、その夜桜の姿に無表情の蓮の姿が重なった。


 どうすっかな・・・。


 ため息が止まらない。


 長い夜が始まる。








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