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2話 VS流動体 〜米兵さんと謎の粘液〜

 広大な平原を駆けまわる異系の獣たち。

 地形こそ地球そっくりだが、よくよく見ると足元の草花一つ取ってみても、地球のものと若干違う。

 リチャードはあまりに現実離れした光景に立ちすくんでいた。むしろ現実でないことを願いたい。隣ではブラッドが「アー」とか「オーマイ」とかブツブツ言っている。

 地球外に来てしまった。

 敵軍の捕虜になって人体改造を受けるのも大概だが、この状況はあまりに馬鹿げている。

「ハハ、本当にUFOにさらわれちまったみてぇだな」

 笑うしかない。夢みたいだ。恐竜のような何かが頭上をかすめた。

 突風を受けて、確かな現実だと実感させられる。

 冷静さを失ったブラッドが少女の肩を両手で掴んだ。リチャードは止める気力もない。

『おい嬢ちゃん、ここはどこだ!』

 もの凄い形相をしていたに違いない。五フィート程度の女の姿でも、その気迫は十分にリチャードに伝わってきた。

『だからグラセプラ地方の……』

 泣きそうな顔で少女が答えるが、全部しゃべり終わる前にブラッドが怒鳴った。

『そうじゃねぇ!そうじゃねぇよ。ここは何星だって聞いてんだ!太陽系か?いや、そもそも現実なのか?』

 少女はあからさまに混乱していた。目をうるませてリチャードに救いを求める視線を向けている。

「クソが!」

 怒りを地面にぶつける。芝に似た草が土とともに舞った。

『お嬢さん、済まない。俺ら少し混乱してるんだ』

 リチャードが少女の頭に手を置いた。少女の髪の色は淡いピンク色をしていたが、染髪しているようには見えなかった。

 バーチャル・リアリティという言葉を、リチャードは聞いたことがあった。仮想現実、現実とは異なる、人工的に作られた空間とか、世界のこと。

 兵士の訓練なんかに使えるだろう。例えば戦車のコックピットを模した部屋を作って、コンピュータで挙動を再現する。練習には持って来いだ。

 それが進化したものなのではないだろうか。脳に干渉して、とてつもなくリアルで長い夢、もしくは幻覚を見せる。二十一世紀になったばかりの現代でその技術が完成したとは信じがたい。しかし、人を若返らせたり、完璧に性転換して、遺伝子配合で動物のキメラを大量に作って北欧に放つ。そんな状況よりは遥かに信憑性があった。

 なんにせよ確かめる方法はなかった。五感全てはこの世界のものに反応し、脳からの命令は、全てこの身体を動かすのに使っている。仮にここが仮想現実だったとして、本当の現実とつながっているものは何一つ無いのだ。

 リチャードは脱力する。

 しばらくここで暮らすことになるのか。異世界遭難記の始まりだな。

 素直に状況を受け止める。だって、それ以外に方法が無いのだから。



 突然少女が悲鳴を上げた。 

 振り返ると少女は前方を指差して震えている。

 ナメクジに似た流動体がそこにあった。一ヤード立法程度のそれは深緑色をしており、ドロドロと形を変えながら、こちらに向かってゆっくりと進む。

 少女はリチャードの後ろにすがるように隠れた。

『スリーメ!なんでこんな昼間からいるの!?』

 先ほど少女の口から聞いた単語だ。人を襲い、食べると言っていた。

 どこに口があるのかさっぱりわからない。本体から二本、目なのか触手なのか分からない短い突起がついているだけで、その姿から、人を食べてしまうほどの凶悪性は感じられなかった。

『逃げて!』

 戸惑うリチャードの手を引いて、少女が駆け出した。ブラッドもすぐに追いかける。

 とんでもない事になったものだ。ブラッドの頭に文句が次々と浮かぶ。

 突然知らない地、しかも地球ではなく、最悪現実ですらない場所に転移させられ、挙句自分の体がすっかり他人のもの。これだけでも十分にとんでもない経験だ。それなのに、加えて正体不明で気持ちの悪いゼリーに襲われるなど、とんでもなくとんでもない。アフガニスタンでの戦争とどちらがとんでもないだろうか。

 今一度そのとんでもない姿を見ようと、ブラッドは頭だけを後ろに向けた。

「は?」

 思わず声が漏れた。

 あの鈍重そうなゼリーの塊が、こちらに向かって勢い良く跳びかかって来たからだ。

「オウ!クソありえねえ!」

 スリーメはブラッドの足元に濁った音を立てて着地した。薄緑の粘液がブラッドの足に飛び散る。

 間一髪直撃は免れた。あの大きさの水分が当たればただでは済まない。だが着地の衝撃からか、ブラッドはバランスを崩して尻もちをついてしまった。

 すぐにブラッドは立ち上がろうとしたが、粘液に足を取られて地面に突っ伏してしまう。スリーメのそれは非常に粘度が高いようだ。

 待ちわびていたかのように、スリーメはその体を薄く広げ、ブラッドの足を粘液で包んでいく。

 ブラッドの真っ白い肌に、一気に鳥肌が広がった。未知の物体に対する恐怖と不快感ですぐに動くことができない。スリーメはみるみるうちに両足を侵食していく。

「ブラッド!」

 叫び声とともにリチャードは腰から拳銃を抜いた。スリーメに向けて立て続けに二発発砲する。しかしぶるぶると震えるだけで、効いているのかどうかが分からない。

 もう二発撃つ。どうやら九ミリパラベラム弾ではその身体を簡単に貫通してしまうらしい。衝撃が全身に行き渡らずに、大きなダメージにならないようだ。

 立て続けの銃声で我にかえったブラッドは、自分の上着からも拳銃を抜く。45口径の愛銃だ。それを両手で股の間に構えた。

 どこか急所は無いものか、注意深く観察する。じっと目を凝らすと、体の深い所にうっすらとピンク色が見えた。

 間違いない。脳だ。

 確信したブラッドはそれに向けて三発発砲した。これだけ近いのだから精度など気にしない。放たれた三発の四五口径ホローポイント弾が、スリーメの柔らかい体に着弾する。

 弾は体の中ですぐに砕けた。この弾丸は対象の体内でバラバラになることで、その衝撃を全て対象の内部に与える事ができるものだ。

 内側からの衝撃波で体液がブラッドの顔に飛び散った。体内の様子は詳しく語ることがはばかられるほどに悲惨だ。

 絶命したスリーメはブラッドの足から、溶けるように離れていった。どうもスリーメの粘液は、筋肉のように脳からの伝令で粘度や硬度を変えているらしい。

「はあぁ、死ぬかと思った。上着に銃を入れ替えて正解だったな」

 ブラッドが胸を撫で下ろす。

「お前自慢のストッピングパワーが役に立った瞬間だな」

 窮地を脱した時は、お互いに軽口を叩き合うのが彼らの習慣だ。トラウマになるほどの経験を幾分か紛らわすことができる。

 ストッピングパワー、というのがブラッドの口癖だった。短時間に相手にダメージを与える事が再重要だ。だからこんな九ミリなんて使わねぇぜ、と。ブラッドは戦地には自前の四十五口径拳銃を持っていくことにしていた。

「それにしてもお前ひどい格好だぜ」

 顔中粘液まみれ。ブラッドの姿は死んだスリーメの内部と同じくらい悲惨だ。素足で走ったためか、足の裏から少量の血を流し、膝から下はスリーメの体液でほとんど緑一色だ。髪にも体にも粘液が大量に付着している。膝を立てて足の間から発砲したため、軍服は腹の上までめくれ、下半身を隠すものは何もない。尻が直接地面についている。

「興奮したか?」

「冗談は顔だけにしとけ」 

 元筋肉モリモリの大男だった事を忘れているというのか。さすがに中身マッチョマンに興奮はできない。

 ブラッドは立ち上がり、軍服の裾を下ろす。粘液が糸を引いてボトリ、ボトリと地面に落ちた。「うっわ気持ちわりい」

 心底ブラッドは不快そうだ。あんなのが体にかかったのだから当然だが。

 一生懸命粘液を取り除くブラッドをよそに、リチャードはちらと少女の方を見た。少女はしばらくポカンとしていたが、不意に弾かれたように口を開く。

『すごい、すごい!スリーメをやっつけちゃった!おねえちゃん何者!?』

 随分と興奮している。どうやらスリーメは一般人からしてかなりの脅威らしい。目をらんらんと輝かせる少女は、ブラッドのベトベトの手を取って上下に振り回している。

『なかなかやるだろ?惚れたか?』

 相手は幼いのにブラッドは軽口を忘れない。彼の軟派精神に相手の年齢は無関係のようだ。

『うんっ!おねえちゃん、男の人みたいな言葉使うし、ぶかぶかの変な服着てズボンも下着も履けてないし素足だし、最初はちょっと変な人だと思ってたの!けどやっぱり強くていい人なんだね!』

 こりゃマズったな。リチャードは自分の事を言われているわけではないが深く反省した。そういえば今のブラッドは見た目、言動、行動全てが怪しい。と言うより気持ち悪かった。こちらの人間に警戒心を与えるのは当然のことだ。

 しかし当の本人は反省するどころか、少女に向かって偉そうに決めポーズをとっている。なぜか戦闘機発進の合図だ。それは少女にとって意味不明なポーズであったが、少女の目には強敵を倒したヒロインとして、何をやっても格好よく映った。きゃーきゃー黄色い声を上げている。

『お礼しなきゃ』

 勝手に自分で襲われて、勝手に自分で退治しただけだが、感謝され、お礼までしてくれるらしい。ブラッドは頬にキスを期待していたが、少女がくれたのは全く予想外のものだった。

『いくよー』

 少女は両腕をブラッドに向かって伸ばし、叫んだ。

「トレアート!」

 少女の手のひらが青く光った。

 閃光弾の光が思い出され、ブラッドは反射的に危険を感じ、大きくのけぞった。

「ウオッ!……ォ?」

 悲鳴も虚しく、ブラッドの体に危害は加わらない。それどころか、足裏の傷が塞がっていく。

 光が消えた時、傷口にはすでに薄皮が張っていた。

「なんじゃこりゃ」

 ブラッドとリチャードは顔を見合わせる。

 2005年現在の最新医療を持ってしても、ここまで高速に傷を塞ぐのは不可能だ。それをこの少女はやすやすとやってのけた。

 何たる奇跡。イリュージョン。手品……。

 ここまで頭に浮かび、リチャードはふと気がついた。

 この世界はビデオゲーム、とりわけロール・プレイング・ゲームにそっくりだ。見たこともない動物に、見たこともない植物。

 そしてこの手のゲームに欠かすことのできない、もう一つの要素。

 これはまさに……。

『私の持ってる魔法よ!すごいでしょ』


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