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1話 遭難、そしてさらに遠くへ 〜米兵さん、変身する〜

1話 遭難、そしてさらに遠くへ


「完全に迷ったな」

 リチャードは岩の上にどっかりと腰を下ろした。東の空はすでに青黒く、西には地平線から太陽がほんの少し顔を覗かせている。

「クソが。こんなとこでビバークかよ」

 先ほどの砂嵐で視界不良になり、ブラッドが崖から足を滑らせた。隣に居たリチャードが手を伸ばしたが、バランスを崩し、二人とも滑落してしまったのだ。二人は何とか隊に追いつこうとしたが、ここ一帯は高低差の激しい、複雑な地形をしており、結局見つけることができなかった。

「もうメシもあんまり残ってねぇぞ。今頃はキャンプでヌルいシチューとか食ってたはずなのによ」

 あと数分で完全に日が落ちる。アフガニスタンは日中の暑さとは裏腹に、夜にかなり冷え込む。体力の消耗もこの状況なら馬鹿にならないだろう。

「本当に、冗談みてぇだな」

 ここまで弱音を一言も吐かなかったリチャードが、ついに一言漏らした。

 


「おいリチャード!おい、リック!」

 慌てたようなブラッドの声に、リチャードは顔を上げた。どうも半分寝かけていたようだ。

「ああ聞こえてる。聞こえてるぞ」

 疲れが溜まっているのがよく分かる。普段からブラッドの声は耳につくが、今日は非常に鬱陶しく感じる。

「あれを見ろ」

「あのお前の尻みたいな岩か?」

「違う!あれだよ、あの光だ」

 目を凝らす。ブラッドの指差した方向には確かに小さな光があるように見える。

「警戒したほうが良さそうだ」

 敵部隊のライトかもしれない。

 ポーチから双眼鏡を出して覗く。謎の光にピントを合わせると、なんとも奇妙な姿が浮かび上がった。

「何だありゃ」

 円形の光だ。何重かの金色の円。内側には何やら複雑な模様が見える。

「お前も見てみろ」

 ブラッドに双眼鏡を手渡す。目標を観察するブラッドの表情は、リチャードのそれとほぼ同じだった。

「噂に聞くUFOってやつか?」

 馬鹿げてる。リチャードは鼻で笑った。こんな時にも冗談を絶やさない奴だ。

「おいリチャード」

 先程までの軽口はどこへやら、ブラッドの表情が凍りついた。

「あれ、近づいて来てないか?」

 馬鹿な!すぐにブラッドの手から双眼鏡をひったくる。レンズ越しのそれは明らかに先程より大きくなっていた。

「嘘だろ……」

 見ている今も目に見えて大きくなり続けている。しかも、もの凄いスピードで。

 最早双眼鏡など必要としない。二人の目にはその像がはっきりと映った。

 巨大な、ニューヨークのビルなどよりも、もっと巨大な魔法陣。金色に光る真円と謎の文字、記号、模様。神々しく輝き、猛スピードで二人に接近するそれに、二人は恐怖と焦り、さらにほんの少しの感動まで覚えた。

「に、逃げろ!」

 ブラッドが叫ぶ。しかし声は虚しく、リチャードが返す前に、二人は黄金の巨大魔法陣に飲み込まれていた。


 

 腹部に重さを感じる。ここはどこのベッドだろうか。

 違和感と頭痛がリチャードを覚醒させた。だが身体を包む温もりと強烈な怠さににより、リチャードが目を開くのにはしばらくの時間を要した。

「昨晩はお楽しみで」

 リチャードの眼前一インチに少女の顔があった。

「オウッ!」

 思わず短い悲鳴を上げてしまった。リチャードの上にまたがる少女はニマニマと笑っている。

 長いまつ毛、髪はブロンド、座高は高くない。幼い顔立ちからして年は15〜18といったところか。よく見るとなかなか整った顔をしている。

 当然リチャードの頭にはこんな年端もいかないのと寝た記憶はないし、すでに妻子持ちの彼にそんな趣味もない。

「ハハハ。クソビビってやがる」

 下品に少女が笑う。

「お前……」

 歯切れ悪くリチャードが言う。どうも違和感があると思ったら彼女は軍服を着ているではないか。それもブカブカ、男物の。

「ああそうだ。俺だ」

 この汚くて苛つく口調の持ち主はブラッドベッドフォード。作戦の初めからずっと隣にいた、やたらうるさい戦友だ。

「信じられん」

 どんな手品を使ったというのか、訓練で鍛えた自慢の上腕二頭筋はすっかり姿を消し、ずれた軍服からはシルクのような細い二の腕を覗かせている。

 元ブラッドと思しき少女がゆっくりとベッドから降りる。見事に女だ。しかもガキ。

 ブラッドの身長は6フィート(183センチ)をゆうに超えていた。それなのに今はどうだ。5フィート(152センチ)にも満たない。

「お前がビビッてたんじゃ俺はどうなるんだよ」

 ずれた襟を引っ張りながらブラッドは言う。穴の少ないベルトでは腰を締めることができなかったのか、ズボンが床に脱ぎ捨ててある。ついでにシマシマのトランクスも。

「ま、悪い気分じゃないがな」

 ブラッドが強がってみせる。いや、心底嬉しそうに見えなくもない。

 リチャードもゆっくりと立ち上がる。しかしすぐに尻もちをついてしまった。

 強烈な目眩。視界の隅で紫とか深緑のマーブルがうごめいている。

「おい平気か」

 すぐに頭に血が戻る感覚がする。心臓がせわしなく動いている。

「ああ、大丈夫だ」

 もう一度立ち上がる。今度は視界も歪まない。

 しかし、ズボンがずるっと腰骨の下まで落ちた。どれだけ眠っていたのか知らないが、この短時間でこんなにも痩せるものだろうか。腹は空いているが餓死寸前、といった感覚ではない。

 ふとベルトを掴む手に目をやる。白い。そして浮き出た血管や細かいシワがない。

「まさか」

 リチャードの背中に冷たいものが走る。

「大正解だリック。だがお前はプリティ・ガールじゃないぜ」

 ブラッドが壁に掛けてある姿見を指差した。そこには17かそこらの少年の姿があった。

 訓練で手に入れたガタイの良さは見る影もない。胸板は薄く、太もも、尻、腹までも細い。

「ガキの頃の俺だ」

 高校のグラウンドでアメフトに興じていた頃の顔だ。当時はその貧相な身体で、なかなか活躍できなかったのを思い出した。

 明らかに先ほど、つまり27歳の時の姿ではない。若返っているのだ。

「俺がトランス・ジェンダーで?お前が若返りか。これがいわゆる神の奇跡ってやつなのかね」

 そんな奇跡ならもっとありがたいことに使って欲しいものだ。心の底から思った。

 そんなことよりも懸念すべきは敵軍の存在ではなかろうか。ターリバーンが二人を人体実験の材料にしていると考えるのが自然だ。しかしアフガンのテロリストがそこまで進化した技術を持っているとは、にわかには信じがたい話であり、先進国と手を組んでいなければまず不可能だ(もっとも、そうであっても大問題だが)。そもそもアメリカ人の捕虜を性転換――しかも完璧な形で――したり、若返らせたりして何の特になるというのか。老兵を若返らせたり、ベテランの兵士を女、子供に化けさせて敵の油断を狙うという意図は理解できる。これはそれを成功させられるかどうかの実験だ。だがそれでも、ここまで本格的な変身が必要だろうか。

「部屋も綺麗すぎる」

 枕もシーツも真っ白。見慣れた赤錆まみれの鉄パイプベッドや薄汚れた寝袋ではなく、軽い装飾の施された木製の綺麗なベッド。壁紙はクリーム色で、杉だかなんだか知らないが木製の柱、立派な暖炉、その周りは赤レンガだ。ヨーロッパ風といったところか。

 どこからどう見ても先刻までいたアフガンの山岳地帯ではない。キャンプ地もあり得ない。首都カーブルにでも専用の施設を建てたのか、もしかしたらヨーロッパまで連れて来られたのかもしれない。残念ながら窓から見えるのは隣家の壁だけだった。サッシはびくともしない。

 ふと思い出したようにリチャードが言った。

「兵装は?」

 言いつつ自分でも確認する。

 ズボンの腰からはホルスターが拳銃ごと消えている。上着に装備したタクティカルベストもなくなっており、当然マガジンやらグレネードやらも見当たらない。

「こっちもだ」

 ブラッドが両手を広げておどけて見せた。上半身にはデザート迷彩柄のジャケットのみ。あれだけ邪魔に思えた無骨な装備が恋しい。上着からすらっと伸びた綺麗な太ももが痛々しくも見えた。

 リチャードは黙ったまま部屋の端まで歩いていき、ドアノブをひねった。これまた真鍮製か何か、古いが綺麗な取っ手だ。力を込めて回すが、動くのは最初の数十度だけ、その後は強い手応えとともに止まってしまう。

「当然か」

 閉じ込められている。ノブには鍵穴すら見当たらない。部屋にあるドアはこれ一つだけ。

「こりゃ間違いないな」

 捕虜だ。随分と丁寧な扱いを受けたようだが、これからどんな仕打ちが待っているか想像もつかない。拷問、投薬、監禁、人体実験……。目眩がぶり返してきそうだった。

 

 

 目覚めてから30分くらい経っただろうか。空腹を誤魔化すために、冗談交じり救出の可能性やら、現在地やら、敵の目的やらを議論していたが、どちらに話を持って行ってもネガティヴな発想しか出てこなかった。

 いい加減にそんな空気にうんざりした頃、二人はドアの方から鍵を開ける音を聞いた。

 ついに来たか。リチャードは全身の筋肉を緊張させたが、ブラッドは半ば諦めているのかベッドに足を投げ出したまま脱力している。

 軋んだ音をたてて、ゆっくりとドアが開く。顔を覗かせたのは予想外の人物だった。

 何のつもりなのか、部屋に入ってきたのは現在のブラッドの姿よりも幼いであろう、あどけない容姿の少女だった。

 服装はアフガニスタンの少年兵や民間人に見るようなものではなく、白いワンピースに丈の短いベスト、アメリカ人から見ればあまり趣味が良いようには思えないネックレスも下げている。

 散々見てきてはいるが、相変わらず残酷だ。こんな中学生になったかならないかといった年齢の子供に、何をするか分からない敵国の兵士と接触させる。それも意表をつくためなのか何なのか、おかしな格好までさせて。

 少女はしばらく、怯えたような目線を二人に向けていたが、一歩、二歩と近づいてきて、ゆっくり口を開いた。

『おにいちゃんたち、大丈夫?』

 違和感を覚えた。リチャードはパシュトー語(アフガニスタンの公用語だ)を話せないが、現地の民兵が話していた言葉とは違うように思える。彼は今まで幾つかの国に行ったことがある。しかしこのような言語は聞いたことがない。現地語も英語も話せない人間に捕虜と接触させたりするだろうか。何よりおかしいのは、少女が何を言っているのか大体理解できるということだ。

 ブラッドとリチャードは顔を見合わせた。どうもブラッドも同様に、この聞いたこともない言語が理解できてしまうらしい。

「嬢ちゃん、俺の言葉がわかるか?」

 ブラッドが英語で語りかける。少女は首をかしげるばかりだった。

「こっちの言葉は通じないみたいだぜ」

 厄介だ。リチャードは困り顔を浮かべる。投薬だか催眠だか遺伝子変換だか、こちらは相手の言葉が理解できるが、こちらから交渉をすることができないようになっているらしい。この少女による拷問の可能性はほぼなくなった。だが一方的に命令されるといったことは十分にあり得る。敵の意図が読みづらい。

 しかしブラッドは意外な行動に出た。

『嬢ちゃん、ここはどこだ?』

 なんと、この始めて聞く言語を使いこなしているではないか。リチャードは目を丸くした。

「なぁに、適当に喋ってみただけさ。相手の言葉が分かるんなら、もしかしてと思ってな。言葉の方が勝手に出てくれたぜ」

 リチャードと同様に少女も少し驚いていたようだが、すぐに質問に答えてくれた。

『私の家よ。グラセプラ地方』

 通じてしまった。聞いたこともない言語が。

『あなた達は家のそばの畑に倒れてたの』

 グラセプラという地名は二人とも知らなかった。二人とも世界の地理に精通している訳ではない。しかし、家のそばに倒れていたという言葉は明らかにおかしい。捕虜に対する嘘だとしても発言の意図が全く分からない。心理的、精神的実験なのかもしれない。

『お嬢さん、その時の様子をもっと詳しく教えてもらえるか?』

 なるほど、喋ろうと思えばほぼ無意識に言葉が出た。これは人体改造も重症だな。リチャードは頭の中で呟く。

 実は真っ先に銃の心配をしていた彼だが、自分たちが武装解除されている以上、この話題に触れるのは危険すぎると判断した。

『私が朝、水汲みをしに外に出た時にね』

 少女はベッド脇にあった、丸い木製の椅子に腰掛けた。

『あなた達を見つけたの。おにいちゃんはエゲプランの畑、おねえちゃんはちょっと離れたあぜ道に倒れてたわ』

 水汲みという単語がブラッドの頭に引っかかった。そして一つだけ理解できない単語、エゲプランも。

『私、慌てて近寄ったの。このままじゃスリーメに食べられちゃうかもって。それで二人とも家の中に運んだの』

 質問したいことは山ほどある。だが話は最後まで聞いたほうが懸命だ。

『あなたもおねえちゃんも見たことない服を着てる。それに胸の周りとか、腰とか、変なもの沢山くっつけて。私ちょっと怖かったけど、自分の家の外で人が食べられるとか、絶対、ぜったい嫌だったから、この部屋のベッドに運んだの。あ、外から鍵をかけてごめんね。怖かったの。服にくっつけてた変なのに剣、とっても短い剣みたいなのがあったから、悪い人だったら危ないと思ったから、それで。隣の部屋に大事にしまってるわ』

 リチャードを見ながら、少女は詰まりながらも早口で言った。時々ブラッドの方をちらちらと見ていたようだが、ほとんど視線はリチャードの方を向いていた。

「おい、どうなんだこれ」

 ブラッドが半分助けを求めるようにリチャードを見た。当然リチャードも混乱している。

「この娘、あれか?」

 ブラッドが頭の横で人差し指をクルクル回す。そう考えるのが自然だが、もっと表現に気をつけて欲しい。リチャードは内心思った。思わぬことでこちらが不利になってしまうこともあるのだ。幸い、少女には通じていない様子であったが。

『でも、あなた達、悪い人じゃなさそうで安心したわ。持ち物、返した方がいい?』

 持ち物とは装備のことで間違いなさそうだ。こうもあっさりと、捕虜に対して武器を返すなどという事を言うだろうか、罠にしても理解できない。

『返してもらえるのか?』

 あくまで冷静さを保ちつつ、リチャードが言った。

『もちろん。ついてきて』

 二人は一度顔を見合わせてから、少女に従った。

 リチャードはずれていくズボンをずい、と上げた。ブラッドは靴を履くことも諦めていた。



 通路を挟んで向かいの部屋は100平方フィート(6畳)程度の広さで、壁際には化粧台や衣装箱などが並んでいる。装備一式はテーブルの上に整頓して並べられていた。少女はどうぞ、と一言だけ言った。

 細心の注意を払いながら装備に近づく。どこからどう考えても罠だからだ。

 しかし一向に嵌められる気配がない。テーブル横の床が抜けることも、後ろから少女に刺されることも、爆発物が起爆することもない。

 ライフルの薬室に弾薬が装填できた時は、さすがのリチャードも拍子抜けした。あとはトリガーを引けば撃ててしまう。少女を殺すことも容易い。

 一体どういうつもりなのか。あっさりと武器を取り返した二人はいつでも戦闘可能だ。敵兵が建物を囲んでいたとしても、一人は殺せる。いくら残忍とはいえ、敵も自分の味方を無意味に失うことは避けたいはずだ。

 リチャードが頭を抱えていると、突然ブラッドが銃を少女に向けた。

「バカッ!やめろ!!」

 すぐにブラッドを制する。

「お前、落ち着け。この娘を殺したところで全く得にならん。人質にしても外に何人構えてるか分かったもんじゃない。こんなライフル一本じゃ勝ち目が無いだろう」

 気持ちはわからなくもない。武器が戻った以上、一刻も早く有利な状況を作りたい。だが今は分からない事が多すぎる。今のところ敵意のない少女と敵対関係を作るのは得策ではない。

「悪い。焦っちまった」

 少女がこちらを見ていなくて助かった。突然のリチャードの大声に振り向いて不思議そうな顔をしている。

『済まないお嬢さん。なんでもないんだ』

 ふーん、と言ってから少女は二、三歩近づいてきた。

『どこも壊れたりしてない?』

 装備一式をジロジロ見ながら言った。

『ああ、全く問題ない』

 気持ち悪いくらいにな、とブラッドが小さく付け足した。

『良かった。色々聞きたい事があるけど……その前にご飯食べようか。おにいちゃん達、お腹空いてるでしょ?』

 いい加減疑うことに疲れてきた二人は、空腹に素直になることにした。拳銃だけを携えて残りを床に置く。

 もうどうにでもなっちまえ。リチャードは頭の中で呟いた。



 連れてこられたのはダイニングだった。廊下含め、見たところヨーロッパ風に近い普通の民家だ。窓からはちょっとした草原と森が見えた。アフガニスタンの景色には見えない。

『嬢ちゃん、ちょっと外の様子を見たいんだが』

 リチャードはぎょっとしてブラッドを見た。自分が捕虜である可能性が高いのに、外に出る事を要求するとは無謀な奴だ。

『いいわよ。お昼だからスリーメもいないだろうし』

 いいのか!?リチャードが思わず叫んだ。少女はきょとんとしている。

『どうして?外に出るくらい止めるはずないじゃない』

 少女は外に通じるドアを開けて、先に外に出た。

 いよいよ理解不能になってきた。捕虜に拳銃を持たせたまま外に出す。正気の沙汰ではない。

 まさか本当に捕虜になっていないのか。だとしたら何だ。身体がアフガンからどこか遠方に転移したとでも言うのか。

 リチャードの脳で複雑に思考が絡みあう。しかしいくら考えても答えは出ない。それに、考えずとも答えは簡単に出てしまうのだ。このドア一枚をくぐるだけで。

 大量の兵士が待ち構えていれば絶望。それ以外なら万々歳だ。

 意を決して敷居をまたぐ。強烈な逆光に目がくらんだ。次第に少女の像がはっきりとし始め、風景の全体が見えてきた。

 リチャードは愕然とした。そしてブラッドも。

「なんだこれは」

 広大な平原。かなり遠くにはマッターホルンを彷彿とさせる氷食尖峰が見える。平原には畑が点在しており、北欧の風景に近い物を感じる。

 ここまでは何ら驚愕すべき点はない。二人がわざわざ北欧に運ばれたことくらいのものだろう。だが注目すべき点はそこではない。

 動物だ。

 いや、動物と呼ぶことすらもはばかられる、生物たち。

 巨大なトカゲのようなものが空を舞い、頭に一本の角を生やしたウサギが野を駆け、長いヒゲをなびかせる獣が、草食と思しき獣を追い回す。

 ここは地球ではない。

「おい、これじゃ……これじゃまるで」

 リチャードはそれ以上喋るのが怖い。

「息子の持ってるビデオゲームの世界じゃないか」


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