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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
小編:シャナ・ユベールの奇妙な文通相手
95/146

5、

 そして、夜。


 たん、と音を立てて玄関の扉が鳴った。


「……っし」


 オーランドが声を上げないように二人を制して、剣を手にしたオーランドが慎重に扉を開けて素早く外に出て確認する。


 そして、何事もなかったらしいオーランドが鞘を手に、もう片方の手にはぐしゃぐしゃになった紙が握られていた。


「シャナを渡せという脅迫文だ。連中、俺がここに詰めてるの知らないらしい」


 お粗末だな、とつぶやくオーランドの手から紙をとって目を通したシャナは、目を細めた。目つきの悪さはないもののそんな表情はオーランドそっくりだった。


「お兄様」

「なんだ?」

「私、おとりになります」

「……馬鹿言うな。護身術の一つも持ってないお前がおとりに敵地に入っても……」

「ここが襲撃されるのは時間の問題です。私一人にここを必要とする方々を巻き込むわけにはいきません。……おとりを認めてくれないのであれば、私は、一人でどこかに行きます」

「……それは!」

「駄目よ、シャナちゃん!」

「だって、しょっ引く材料がないんでしょう? だったら、狙われている私が飛び込んで、現行犯でとっちめちゃえばいいでしょうが。雑魚の特定だって、とっくにセザールさんが包囲網も込みで作っているんでしょう? 私がその決定的な一打に……」

「シャナ」


 静かなオーランドの声に、シャナが黙る。見上げるオーランドの表情は、なかった。いつも二人を相手にするような不機嫌な表情もなく、無表情で、目を光だけが強い、軍司令官としての表情をしていた。


「お前ひとりがそこまで使えると思うな」

「ちょっと、オーランド?」

「お前一匹が飛び込んだところで相手は貴族だ。……俺より位は低いとは言えども、一市民だと思われているお前に、奴らは強く出る。敵地に入ったら最期、好機だと思われて殺されるぞ。殺した後に、お前が伯爵家令嬢だと知って慌てることだ考えられる。いいか。市民にとって貴族連中は治外法権の塊なんだ。一匹殺したところで、何にも問題にさせない権力がある」


 市民だと思われているお前が入るのは、危険すぎる。


 そう断言するオーランドに、シャナのこぶしが握られる。そのこぶしを後ろからつかまれた。


「シャナさん」


 陰に潜んでいたらしいセザールの声に、驚いたシャナの背が伸びた。


「オーランドのいう通りです。自分を大事にしてください」

「でも私は……っ!」

「ねえシャナさん」


 穏やかながらもきっぱりとした、シャナの言葉をさえぎる声。


「僕のこと、頼れませんか?」


 静かな声に、シャナが振り返ってセザールを見た。セザールは、黒い外套に黒いフードをかぶり、完全に闇に紛れている。影に潜んでいるようだった。だが、肩から胸へと流した銀色の髪が、かすかな明かりにきらりときらめいていた。


「頼るなんて言葉が嫌なのであれば、利用する、と言っても構いません。僕は、この手の問題に関して、誰よりも強い権力でもって、黙らせることができるんですよ」


 一切詳しい素性について明言を避けていたセザールが、そそのかすように言う。


「だから、僕は、今から立場を代えます。一政務官のセザールから、彼らが憧れる、そして、あなたが知らないロランへと」


 フードに隠された口元が吊り上がるのがなぜか見えた。


「もとはといえば、僕が面倒だからと適当にあしらっていたからこそのこの事態。僕がどうにかするのは当り前でしょう? 貴女に迷惑をかけられません」

「迷惑だなんて。むしろ、あなたが彼らに迷惑をかけられているのでしょう? あなたがそんなことを……」

「本当に、彼らに爪の垢でも煎じて飲ませたいですね」


 悲しそうにつぶやかれて、シャナは瞬きを返した。


 その時だった。


 セザールの柔らかい声の詠唱が耳にささやきこまれた。


「え……?」

「危ないことをする可能性があるならば、このヤマが終わるまで眠っていてください。……少なくとも君を守れなかったとき、僕は後悔する」


 かくん、と膝から崩れるようにして意識を失ったシャナを受け止めて、セザールは、オーランドにうなずきかけた。

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