5、
そして、卵投げつけられ事件から数週間が経った。
シャナは、その間外に出ずに過ごしていたが、あの事件の翌日から、今度は医院の戸口に生ごみや卵を投げつけられるなどの嫌がらせが始まった。
「かたづけるこっちの身になれって話よね!」
「すいません……」
「お前が謝ることじゃない。そろそろ頃合いだ。俺の兵でも動かしてここらに張り付かせる。それと、……カレン」
「なあに?」
「俺がここのパトロンであることを公表していいか?」
「……何と関係があるの?」
「バルシュテイン伯爵家に生ごみぶん投げてるのと同じだぞ、くそ野郎どもって言ってやるんだ」
「……ああ、そういうこと?」
「ああ。それでひるむおつむの悪い奴らだったら、兵を動かさずに済む。それだけだ」
「……それだけで済めばいいけどね」
たいていここまで陰湿な奴はそんなんじゃひるまないバカが多いよ、と達観するようにつぶやいたカレンに、オーランドが何か言いたげな顔をしたが、何も言わずに、そういうことだ、と言って軍部のほうへ向かっていった。
「まあ、面倒なことはあいつに任せちゃいましょ?」
「すいません、なんか、ご迷惑をおかけして」
「いいのよいいのよ。シャナちゃんだし? あいつだったら蹴りだしてるけどね」
冗談めかして言うカレンと一緒に玄関の掃除をして、ため息をつく。
「あと、上で薬の調合しといて」
「はい」
頼まれた分の調合を手早くこなしてカレンに渡す。ここで世話になるのに、シャナが言い出したことだった。ハーブティーの調合をしているから、買っては同じだろう、とやり始めて、めきめきと腕を上げていた。
「うまくなったね」
「いえ。なれただけですよ」
薬包紙に一つずつ包んで用意して、受付を手伝う少女に手渡す。
「処方箋もやってるんですね」
「薬かえない人たちもいるからね。それでもダメな人は、ハーブティーっていう感じに下がっていく感じでやってる」
「いいと思います。病で亡くなる人が、少しでも少なくなるんだったら」
「……ねえ、シャナちゃん」
「はい?」
「お母さんも、病で?」
首をかしげるカレンにシャナは、そういえば、そういうことを話したことがないことに気付いた。オーランドにも言わなければならないことだろう。
「ええ。おそらく、風邪の病をこじらせた感じで、咳をしていて、苦しそうでした」
「……。喀血は?」
「いいえ。咳をしていて、日にちがたつごとに一呼吸ずつ弱くなっていって、……最期は」
「……見たの?」
「いいえ。ちょうど、お父様、だったんでしょうかね。たまに、母に用があってくるおじさまが、看取られたようで、やせ細って逝った母様を抱き上げてどこかに消えました」
「……死に顔とかは? お葬式は?」
「何も、見せてくれませんでした。……どうして、母様を連れていかれてしまったんだろうって、思っていましたけど、今思うと、見せられないぐらいひどい、つらそうな顔をしていたのかなって、息ができなくてもがいて死んだんだろうなって、思うんです」
「それであなたは孤児に? あの爺さん何もしなかったの?」
「……そういうことですね。……お父様には、私は存在していなかった。もしくはいらない存在だったんでしょう」
淡く笑うシャナに、カレンが悲しそうな顔をして、その胸にシャナを抱いた。
「爺さんひどいことしたんだね。もう大丈夫。本当はね、あなたのお母さま、シェーン様と、私と、オーランドの三人で、あなたを待っていたのよ」
「え?」
「でも、オーランドから聞かされたのは、出産の際に、二人とも亡くなったって。そこから、すぐにおじさま、オーランドのお父さんね、あなたをこしらえるために種を提供した爺さんだけど、あとの女性をめとってオーランドが目の敵にされて、まあ、先日の騒動に至るわけなんだけど。あの爺さんだけにとらわれないでね? シャナちゃん。オーランドも、私も、あなたとあえて、うれしいのよ」
だから、クソみたいな男のことは忘れて、今を見てね。とシャナの髪をなでていうカレンに、シャナは、ふっと笑って、小さな肩に頭を預けた。
「はい。ありがとうございます。カレンさん」
甘えたしぐさを見せながらも、壁を見せるシャナに、カレンは悲しそうな顔をしながらも、吹っ切った笑みを浮かべて、体を離した。
「さて、今日も一仕事するよー!」
「ええ」
シャナは上で待機の薬の調合を任されている。
早速始まった診療から、お昼になるまで、ひっきりなしに調合を任されてオーランドが帰ってきても二人からの注文にてんやわんやの騒ぎだった。
「疲れた……」
さすがのシャナもげっそりしているさまを見て、オーランドとカレンは、困ったように頬を掻いたのだった。他人が調合してくれるからと言って頼みすぎた自覚はあるらしい。
そんな二人にシャナは何も言えずにがっくりとうつむいたのだった。




