4、
「……」
きれいな銀色の前髪を掻き分けて額に触れると、確かに熱かった。平熱より結構高い。流感にかかった時のようだった。
サイドテーブルに置かれた、濡らしたタオルで、にじむ汗を押さえて、水の入った桶でタオルを冷やす。
顔をぬぐい、首筋を押さえ、最後、冷やしたタオルを額においてやり、シーツを肩まで引き上げてやる。また、体に力が入っている。
「セザールさん」
診察のために出しっぱなしになっていた手を見たシャナは、唇をかみしめて、ごつごつとした、手の甲をなぜた。
「冷たい」
冷え切った手にぽつりとつぶやいて、指先をつかんだ。
指先は少し硬くて、ペンだこもできている、文官の手だった。オーランドの手のひらに豆がある手とは感触が違う。
「しゃ……」
かすかな声が聞こえてきてはっとセザールを見ると、薄目を開いて、セザールがシャナを見ていた。
「だい……じょ、ぶ、です……よ……?」
青ざめて、唇を震わせながら、かすかな笑みを浮かべそういうセザールに、唇をかみしめてぐっと目をつぶった。
「そのざまで強がりはよしてください。セザールさん」
ぐっと握りつぶすようにセザールの手を握ると、ははは、と乾いた声が聞こえた。
「ほんと、ひどい……」
「お水飲みますか?」
手を放してコップに水を注いで差し出すと、こくとうなずいた。
体をだるそうに起こして、コップを受け取って一気に水をあおったセザールは、ふう、とため息をついた。
「もう一杯は?」
「いえ。結構です」
そういったセザールは、おとなしくベッドに戻った。
「ざまぁ、ないですねえ……」
弱ったように笑って、表情を曇らせたセザールに、シャナは、落ちたタオルを拾って、また冷やすと、セザールの汗をぬぐった。
「なぜ、そばに?」
首筋までまた、汗をぬぐってやって、セザールが力ない声で、問いかけてきた。その言葉に、シャナはそっとため息をついた。
「お邪魔ですか?」
「いえ……。そういうわけでは……。ですが」
「ですが?」
「……こういった、具合の悪い時は、薬を渡されて誰も近寄ってこなかったので……」
困ったような、どんな表情を浮かべればいいのかわからないと言いたげな顔をして言うセザールに、シャナは目をぱちくりとさせた。
「……子供の時から?」
「ええ。……自慢、では、ありませんが、僕は、人より、周りの高等教育を受けた大人よりも、頭が切れる子供でした。だから、気味悪がって、近づいてこなかったのでしょうね。兄上がけがをされたり、病気をしたりしたときは、かいがいしく看病を受けているのは、見たことあって、僕は弟に、そうしてやって……」
「あなたを看病してくれる人が、今までいなかった?」
「……恥ずかしい話ながら」
弱ったように笑って、セザールが小さく肩をすくめるのを見て、シャナは唇をかみしめた。
「私ですら、母がついてくれていましたよ。母がいる間は」
「……僕の母は、まだ存命ですが、……生んでおいて、僕が気味が悪くなったらしく、疎んじておりました。……かわいがってくれたのは末弟の母君です」
「……腹違いなのですか?」
「ええ。僕ら三兄弟、全員母が違いますよ。普通の人であれば、ありえないことでしょうが、僕らの生まれからしたら、普通のことです」
そんな末弟の母君も、事故で儚くなってしまいましたが、と自嘲気味に笑ったセザールにシャナは、そっとため息をついて、その手に触れた。
「……。深くは追及しません。おっしゃりたいのであれば、聞きますが」
「……君のそういう敏いところ、嫌いじゃありませんよ」
「そうですか?」
「ええ」
穏やかに笑ってすとんと、ベッドに体を預けたセザールに、シャナは切なげに目を細めて、手の甲をそっと撫でた。
「シャナさん?」
「私がここにいます。治るまで、そばにいますから」
そう、言い聞かせるようにそういうと、セザールは目を見開いて、ふ、と表情を緩め、ぐっと眉を寄せた。意識しているのか、今までに見たことのないほど人間臭い切なげな表情だった。
「いいんですか?」
「ええ。だから、……だから、元気になったら、お店に、……案内してください、ね?」
きゅ、とセザールの手を握り締めて、そう、細い声で言ったシャナに、セザールは目を丸くして、そして、かみしめるように笑ったのだった。
「それは、……早く治さないといけませんねえ?」
「無理はだめですよ?」
だから、もう、休んでください、と、とんとん、胸を軽くたたくと、声もなくこく、とうなずいて、セザールが目を閉じた。
浅い呼吸が、深くなるまで、子供を寝かしつけるように、シャナは、意外にしなやかな胸を指先でたたいていた。




