3、
自分はお茶を飲みながらそうバートラムに振ると、バートラムが目をぱちくりとさせた。
「まじで? それ?」
「ええ。ご自身で、見合い中でいろいろかわすのが大変だと」
「……あのクソ爺、まだあきらめてなかったのか。……ありがとう」
「え? いえ、そんな」
「セザールが、それなりの地位にいるのは察してんだろ? シャナちゃん」
黒パンを食べ終わりキッシュをほおばり、そして、最後にスープで流し込んだバートラムが首をかしげる。
「……ええ。それなりというよりは、お兄様よりずっと上の人だと思っています」
「……その認識で合ってる。そんな、未婚でちょうどいい24、5の男を上にのし上がりたい末席貴族の爺どもが見逃すと思うか?」
「いえ」
「そういうことだ」
「……じゃあ、セザール様はものすごく大変な目にあっていると?」
「女関係でな。その気がないのに押し倒されて、薬盛られて、なんだかんだって。その都度、あいつは魔術で対処してきて、女とその保護者に手痛い仕返しをしているんだがな。懲りずにやってくるバカもたくさんいるわけだ」
「……」
ふと、思い出したのは、空元気を見せたセザールの疲れ切った笑みだった。
「この出張もそれから逃げるためだな。あと、うっとおしいからしょっ引くためだ。うん。そうだな」
お兄ちゃんには相談してくれなかったよ、としょぼんとしているバートラムを適当に扱いながら、シャナはそっとため息をついてお茶菓子を一つ口に放り込んだ。
「ま、そういうことだ。俺もあんまりさぼってるとオーランドに叱られる」
「お兄様、あなたを叱る立場なんですか?」
「まー、そうだな。よくさぼるから。あいつだって屋敷の仕事さぼってるくせにな」
「俺は自分にしかできない仕事をさぼったことはないぞ」
と、タイミングよくオーランドが顔をのぞかせて、バートラムの首根っこをひっつかんで店からつまみ出した。
「夕方にまた来る。それまでに精油の補充を頼めるか?」
「はい。わかりました」
頭を下げてバートラムを連行するオーランドを見送って、シャナは、食器の片づけをして、そっとため息をついた。
そして、夕方、補充した精油を取りに来たオーランドの隈が、かつてないほどひどいことに気付いて、顔をひきつらせた。持っていた茶葉に慌てて不眠解消の茶葉をくわえる。
「お兄様、その顔……」
「あいにく寝る暇がなくてな。この後も……」
「カレンさんには私が言っておきます。それに今飲んでるお茶は……」
「お前っ!」
「ということで寝落ちする前にとっとと上に上がってください」
日に日に盛り方というか味の変化を感じさせないように、調合がうまくなっているシャナに、オーランドは苦い思いをしながら、にこやかな重圧を感じおとなしく上の客室のベッドに入ったのだった。
そして、一晩眠らされたオーランドは早朝、店を飛び出してカレンの医院に戻る。
「……はあ」
そっとため息をついて、シャナは、カレンダーに目を向ける。
ここのところ、セザールの返信が遅いことには気づいていた。
字面はいつも通り丁寧だが、紙の端についたインクの汚れや、紙の折り目など、何気ないところで疲れているのかと、思っていたのだった。
「出張か」
いつの間にか、セザールとの文通が毎日の楽しみになっていたのだった。
シャナはまた、そっとため息をついて、そんなことはおくびに出さないようにと、仮面をつけるように息を吸い込んで、前を向くのだった。




