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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
小編:シャナ・ユベールの奇妙な文通相手
82/146

2、

「ありがとうございます。瓜が生ぬるくなってしまうので、もう大丈夫です」


 促して座らせて、紅茶をカップに入れてやる。


 そして甘い瓜を食べ終え、まだ、粗熱の取れていないサブレをほおばり、紅茶を口に含む。ふんわりと、サブレの甘さが紅茶の香りとともにほどけていく。


「おいしいです!」

「そうですか? 喜んでいただけて、案内した甲斐があります」


 笑ったシャナに、セザールの表情もほどけていく。


 紅茶を飲み、サブレを食べながら、二人は他愛ない話をずっとしていた。どこの角に、ヒマワリが植わっていて、それがいまにほころびそう、だとか、新しくできた食べ物屋さんの当たりはずれを飽きることなくしていた。


「久しぶりにこんな楽しいひと時を過ごせています」

「そうですか?」


 お代わりしたお茶を飲みながら、シャナが上目遣いでセザールを見上げる。


「ええ。政務官の立場上、女性と話す機会もありませんし、野郎連中と殺伐とした会話しかしないのですよ。……だから、こんな日常の些細なことを、こんなに楽しく話せる方は初めてで」


 とても新鮮です、と笑うセザールの、屈託ない顔に、シャナは目を見開いて、ふ、と笑い返した。


「そういったお話をいっぱい聞かせてください。セザールさん」

「よろしいのですか?」

「ええ」


 うなずくシャナに、セザールの目が柔らかく眇められる。


「では、文でも、伝えることにしましょう。……いろいろなところに散歩に出かけるので、たくさんネタはありますよ?」

「期待しています」


 シャナの言葉に、セザールの表情も明るくなっていく。


「本当に、君を誘ってよかった」


 心底の言葉に、シャナは、満面の笑みを浮かべて頭を下げたのだった。


 そんな楽しいひと時もすぐに終わりを告げて、お茶はすぐに尽きてこれ以上長々いても迷惑だろうからと、お店を後にした二人は、ゆっくりと街を歩いていた。


「シャナさん」

「なんですか?」

「あなたは、もし、見合いをするとして、相手にどんな条件を、求めますか?」


 ふと、真剣な表情でそう言ったセザールに、シャナはきょとん、と首を傾げた。


「一応、私も伯爵令嬢であるわけですから、ですか?」

「……現実味のない話だと思ってもいい。でも、……もし、一緒になる人にどんな条件がほしいか、少し考えてみてもらえませんか? 例えば、……金」

「いりません」

「権力」

「面倒なだけです」

「外見の良さ」

「慣れます」

「慣れって……。いえ、名誉」

「いりません」

「羨望のまなざし」

「いりません」

「では……」


 矢継ぎ早の言葉に答えたシャナが否と答えるばかりで、セザールが困ったように苦笑を漏らした。その顔に、シャナは、そっとため息をついてセザールを見上げた。


「……何をおっしゃりたいのかは測りかねますが、……そうですね。私は、寄り添って歩けるようなそんなものでいいです」

「寄り添って歩けるような?」

「いつだって寄り添って、歩いていけるような。私の父は、はらんだ子が女の子、私だと知って、母を捨てました」


 静かな言葉にセザールが真剣な顔をして相槌を打つ。


「そんな男は御免ですし、男の方に地位とか名誉とかお金とか、求めませんし、重要なことだと思いません。ただ、そばにいて、おんなじことで笑いあって、おんなじことで悲しんで。そんな、……感性が一緒、といえばいいんでしょうかね? そういうツボがおんなじ人と一緒になりたいです。……まあ、わがままは言えませんから、お兄様が選んでくれた方と一緒になるんでしょうけどね」

「オーランドのことですから、不良物件を押し付けることはないでしょうね」

「ええ。信じてます」


 笑うシャナに、セザールはまぶし気に見つめて笑みを浮かべた。


「あなたのような女性が増えればいいのに」

「……私のような女は、希少価値が高いと思いますよ? 何せ、どん底から伯爵令嬢ですから」


 冗談めかした言葉に、セザールは眉を寄せて思わず、といった風に手を伸ばして、帽子の頭をぽんぽん、と軽くたたいた。


「もし」

「セザール様?」

「もし、その経験を笑う輩があなたの前に現れたのであれば」


 いつになく真剣な声に、シャナが一度立ち止まってセザールを見た。


 割れる人込み。


 向かい合う二人にはやし立てる声。


「僕に……言ってくださいね? 何があっても、排除してみますから」


 邪魔になりますよ、とセザールが自然にシャナの手を取って歩く。

セザールへたれた……

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