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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
小編:シャナ・ユベールの奇妙な文通相手
81/146

2、

「素直でかわいらしい方ですね」


「おだてても何も出てきませんよ?」


「ははは、おだてるなんて。……おだててつけあがった女ほど面倒なものはいませんからね、僕はそんなことしませんよ」


 疲れたように、おどけて言う彼に、シャナは首を傾げた。


「そういった女性の相手を?」

「ええ。女性の前でこんなことを言うのもいけないのでしょうが、お恥ずかしながら、最近、気のない見合いをさせられていましてね。あの時も、兄さんを見習ってエスケープしに散歩していたんですよ。あんな女誰が見ても願い下げだというのに、ごり押してくるので、いささか疲れてしまって」


 まず、香水臭いのが無理なんですよねえ、と笑って、セザールは、ちらりと店の奥にいる老婆を見やった。


「大変ですねえ……」

「ただでさえ、仕事が立て込んでいるのに、そんなものの相手なんてできるわけないじゃないですか。……唯一の癒しは貴女からの手紙です」


 勝手に癒しにしてすみませんがね、というセザールに、いつもらしさなんてかけらもなかった。


「私の文字が癒しになるのであれば、いくらでもお相手して差し上げます。最近、疲れがたまるって、そういうことだったんです?」

「ええ。仕事だけならば慣れっこなんですが、仕事以外の疲れが激しくて……」


 相当参っているらしいセザールに、シャナはそっとため息をついて、冷たく固まっているセザールの手に触れた。


「シャナさん?」

「少し触れてもいいですか?」

「ええ。かまいませんよ?」


 シャナは、手荷物に入れてあるハンドクリームを取り出して、手に取ると、そっとセザールの手に塗り込んでいった。


「これは?」

「手荒れに効く保湿クリームです。まあ、クリームですから、ほぐすときに使えるんです」


 手首側の手のひらから、ゆっくりと親指を使って、男らしく厚い手を、シャナの小さな手がもみほぐしていく。


「いててて……」

「体が疲れている証拠です。これぐらいですか?」

「え、ええ……」


 痛がるところを弱めにもんで、指の一本一本まで揉み終わるころには、片手だけだが、セザールの手にぬくもりが戻っていた。


「ポカポカしますね……」

「それだけ、手が固くなって血の巡りが悪くなっていたってことですよ」

「おんやまあ、驚いた、お嬢さん、そういうことができる子かい?」

「え? いや、人限定ですよ? ……普段は、リアンさんのハーブ屋で売り子としてお世話になっています」

「リアン? ああ、あの子かい。そうかいそうかい。お兄ちゃん、こんないい子、捕まえなきゃだめよ!」

「ははは、僕にはもったいない子ですよ」


 紅茶をテーブルに置いて、さらにと、水で冷やしていたという甘い瓜を付け合わせてくれた老婆は、ごゆっくりね、と店の奥に戻っていった。


「もう片方も、手早くやりますね」


 お茶が来てしまったので、と言って、シャナは、慣れた手つきでセザールのもう片手をほぐしていく。


「慣れたものですねえ、他の誰かにも?」


 差しさわりない問いを投げたセザールだったが、他の誰かにしていても彼女の勝手だろうと、自嘲した。


「いえ。見て覚えたままをやっているんです」


 ふわり、と笑うシャナの顔に、セザールは自嘲した表情を切り替えるように、ふっとため息をついて笑うと、ほぐし終えたシャナの手を取った。

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