2、
「素直でかわいらしい方ですね」
「おだてても何も出てきませんよ?」
「ははは、おだてるなんて。……おだててつけあがった女ほど面倒なものはいませんからね、僕はそんなことしませんよ」
疲れたように、おどけて言う彼に、シャナは首を傾げた。
「そういった女性の相手を?」
「ええ。女性の前でこんなことを言うのもいけないのでしょうが、お恥ずかしながら、最近、気のない見合いをさせられていましてね。あの時も、兄さんを見習ってエスケープしに散歩していたんですよ。あんな女誰が見ても願い下げだというのに、ごり押してくるので、いささか疲れてしまって」
まず、香水臭いのが無理なんですよねえ、と笑って、セザールは、ちらりと店の奥にいる老婆を見やった。
「大変ですねえ……」
「ただでさえ、仕事が立て込んでいるのに、そんなものの相手なんてできるわけないじゃないですか。……唯一の癒しは貴女からの手紙です」
勝手に癒しにしてすみませんがね、というセザールに、いつもらしさなんてかけらもなかった。
「私の文字が癒しになるのであれば、いくらでもお相手して差し上げます。最近、疲れがたまるって、そういうことだったんです?」
「ええ。仕事だけならば慣れっこなんですが、仕事以外の疲れが激しくて……」
相当参っているらしいセザールに、シャナはそっとため息をついて、冷たく固まっているセザールの手に触れた。
「シャナさん?」
「少し触れてもいいですか?」
「ええ。かまいませんよ?」
シャナは、手荷物に入れてあるハンドクリームを取り出して、手に取ると、そっとセザールの手に塗り込んでいった。
「これは?」
「手荒れに効く保湿クリームです。まあ、クリームですから、ほぐすときに使えるんです」
手首側の手のひらから、ゆっくりと親指を使って、男らしく厚い手を、シャナの小さな手がもみほぐしていく。
「いててて……」
「体が疲れている証拠です。これぐらいですか?」
「え、ええ……」
痛がるところを弱めにもんで、指の一本一本まで揉み終わるころには、片手だけだが、セザールの手にぬくもりが戻っていた。
「ポカポカしますね……」
「それだけ、手が固くなって血の巡りが悪くなっていたってことですよ」
「おんやまあ、驚いた、お嬢さん、そういうことができる子かい?」
「え? いや、人限定ですよ? ……普段は、リアンさんのハーブ屋で売り子としてお世話になっています」
「リアン? ああ、あの子かい。そうかいそうかい。お兄ちゃん、こんないい子、捕まえなきゃだめよ!」
「ははは、僕にはもったいない子ですよ」
紅茶をテーブルに置いて、さらにと、水で冷やしていたという甘い瓜を付け合わせてくれた老婆は、ごゆっくりね、と店の奥に戻っていった。
「もう片方も、手早くやりますね」
お茶が来てしまったので、と言って、シャナは、慣れた手つきでセザールのもう片手をほぐしていく。
「慣れたものですねえ、他の誰かにも?」
差しさわりない問いを投げたセザールだったが、他の誰かにしていても彼女の勝手だろうと、自嘲した。
「いえ。見て覚えたままをやっているんです」
ふわり、と笑うシャナの顔に、セザールは自嘲した表情を切り替えるように、ふっとため息をついて笑うと、ほぐし終えたシャナの手を取った。




