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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
1章:彼にとって日常とは
8/146

1、

「お前たち。シーツ干しはどうしたんですか?」


 後ろに下がったシャナを受け止め、そう声をかけたのは、執事の一人。ジャックだった。オーランドと少し年の離れた兄、といった位置のような年の彼は、オーランドの秘書という立ち回りで、スケジュールの管理などを任されている。


 そうして、時たまおしゃべりに興じる侍女たちをなだめて仕事を再開させる管理のような役目も担っている男だ。


「今に終わらせます!」


 ぱっと、動き始めた彼女らにため息をついたジャックは、受け止めたままのシャナに視線を落としてふっと視線を緩ませた。


「助かりました」

「どういたしまして。まったく、なんでそういうことにしか興味がないんだか」


 あきれ交じりにきびきびと働くメイドたちを見たジャックは、シャナに肩をすくめて見せた。


「学べることをしっかり学ぼうという心掛けはいいことですよ。薬草だって持っていて損な知識じゃない」

「あ、ありがとうございます」

「ただ、旦那様のあの知識は、趣味というレベルではありませんよ」

「え?」

「……旦那様は、れっきとした医者です。ただ、武家の一門だから軍に入っただけであって、旦那様の意志さえあれば、旦那様は、首つり子爵ではなく、医者として名を馳せていたでしょうね」


 ポツリと漏らされたその言葉に首を傾げて、シャナはジャックを見ていると、ジャックはふと目元を和ませたまま首を横に振った。


「いえ、ただの独り言です」

「……はい」


 彼は、オーランドとは、長い付き合い、つまりは、オーランドの実家であるバルシュテイン伯爵邸宅にいたころからの付き合いだ。シャナや、ほかのメイドたちとは違う。彼はシャナたちが知らないオーランドの姿を知っている。それだけだ。


「さて、シーツ干しをとっとと終わらせて町で買い出しに行きますよ」

「はい!」


 切り替えるようにそういわれて、シャナは、どこか引っかかるものを覚えながらも、うなずいて、働いているメイドたちに加わって、山積みになったシーツを片付け始めた。


 そして、シャナが、ほかの執事たちと買い出しを終えて町から帰っても、オーランドは眠り続けていた。


「仕方ありませんね」


 ため息交じりに少し赤い顔で眠るオーランドの様子を見たジャックがそういうと、軍部のバートラムの元へ急使を使わせたのだった。


 オーランドが目覚めたころ、あたりはもう夕暮れだった。


「……おい……」


 ベッドから体を起こして、緩められたシャツを整えて立ち上がると、物音を聞きつけてきたらしいジャックが中に入ってきた。


「どうして起こさなかった」

「相当お疲れのようでしたので」

「でも仕事があるだろうが」

「私の仕事はあなた様の世話ですよ」


 のらりくらりと交わすジャックと、怒気をはらんだ声で怒鳴らないまでも威圧するオーランドの会話をひやひやとメイドたちは聞いていた。


「すっご、ジャックさん」

「あの人、付き合いは長いっていつもあんな感じですよねえ」

「旦那様こわっ」


 目つきの悪さもさることながら、声の調子が、完全に恫喝するものになっている。


「さあさあ、バートラム様にもあなた様の様子は報告させていただきましたので堪忍してくださいね」

「おい!」

「ああ、伝言も預かっておりますので、後ほど。バートラム様も上がり次第こちらに参られるそうです」


 それでは、晩餐の用意があるので、とジャックがひらりと踵を返す。その肩を引き留めようとオーランドが掴もうとするが、鋭く振り返ったジャックがその手を払って腹にこぶしを入れようとする。寸前のところで止められているが、オーランドは眉を寄せて舌打ちをした。


「これぐらい対応できないぐらい具合が悪いのに何をおっしゃっているんですか? よもや、軍部とは、これぐらいぬるいところなのですか?」


 とどめの一言に、ぐうの音も出なくなったオーランドが大人しく引き下がるのを見て、ジャックは満足したように口の端に笑みを載せて、それでは、と踵を返した。


「ひゃー、すごい!」

「意外にやり手なの? ジャックさん」

「そーはみえない!」

「あなたたち、そこで何をしてるんですか!」


 黄色い声を上げるメイドたちは、ジャックが向ってきたのを見て、パッと散るのだった。


 仕事から上がったバートラムが、オーランドの屋敷に立ち寄り、晩餐をごちそうになりながら、実に嬉しそうに、顔色と機嫌が最悪な様子のオーランドに告げたのは、三日間の出勤停止だった。


「ま、つまり無理やり出てこようとしたら罰金だな」

「くそ……」


 力ない声に、バートラムはふっとあきれたような笑みを浮かべた。


「急ぎの仕事も俺が代理にしとくから」

「それが信用ならないんだよ」

「ああ、そうか? じゃあ、俺の部下にやらしとく」

「……だったら俺の部下つかえ。アルマあたりに振り分ければどうにかできる」

「じゃーそういう指示があったって伝えておくわ。きっちり三日寝て過ごすんだぞ」

「……承諾しかねるな」


 そんな会話をしていた二人に、ジャックが、割って入って、何が何でもベッドに閉じ込めておきますと、いったのだった。

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