跋。
「で、仕入れは何だい? ラベンダーか?」
「ああ。それを、一学年に配りたい、小分けの瓶に詰めて、60個」
「うっわ。毎度あり」
「予算はこれだ」
そういって金貨三枚出したオーランドに、ほくほく顔で書き留めていく。
「なんだ、正式に教官か?」
「正規じゃないが、ゆくゆくはそうなりそうだ。そっちのほうが夜の仕事ができる」
「夜? 男娼にでもなったか?」
「ばかいえ。暗殺などのほうだ」
その言葉に、シャナがぴくんと反応した。それを見て、オーランドは顔をしかめて肩をすくめた。
「手練れだってばれちまってな。まあ、ジャックとかわるがわる対応しているんだが、おかげで、バートラムにこき使われてるんだ。いや、バートラムよりはセザール、か」
「……セザールさんですか?」
「ああ。今回首の皮一枚つながった分の仕事をしろと言っていたが、それ以上のことをやっているような気がしていてな。あのクソ眼鏡……」
ぼやくオーランドの姿も、こんなに饒舌なオーランドの姿も珍しい。
「あんまり危ないことするんじゃないぞ? 一応は……」
「伯爵だからな。まあ、その手の本当に危ない仕事は全部ジャックに押し付けてる。暇をといっているが、まあ、そんなバカなことは許さないがな」
「……真闇だな」
「うるせーな。じゃねえとやってけねえんだよ。三指の槍のもう一振りが正式に仲間になった歓迎にと仕事を押し付けられまくってるんだ。そのうちぶっ倒れて仕事を放棄してやろうと考えている」
「ぶっ倒れるって、もうそろそろじゃないか?」
「四日後だろうな、このままだと。娘を借りるぞ」
「はは。あの子の怒った姿が目に浮かぶよ」
「その怒りが俺に向くか、あのバカ二人に向くかだな」
肩をすくめるオーランドに、彼はからからと笑って、オーランドのカバンを漁って精油のケースを取り出して減りを確かめていく。
「ずいぶんと減ってるな」
「カレンの医院と軍の馬鹿どもの相手をしてるからだ」
「ああ、そりゃ、ご愁傷様」
「領収書つけてくれ」
「軍に出すか?」
「バートラムの権限使ってふんだくってやる」
物騒なことを言うオーランドに、笑って、手早く精油の補充と領収書を書きあげて、おまけに軟膏の材料をつける。
「今日はもう暇なのか?」
「軍部は謹慎だ。あと、屋敷の仕事サボってる。そろそろお迎えだな」
「オーランド様!」
ジャックが店先から、オーランドの姿を見つけてとびかかってくる。
「やっと見つけましたよ。やあ、シャナさんごきげんよう。こいつ回収しますので」
「ええ。ごきげんよう。ジャックさん」
ずるずると引きずられていくオーランドを見送りながら、あっという間にいなくなってしまった兄に、シャナはそっとため息をついた。
「戻りたいかい?」
「え?」
寂しいと思ったのを気づかれたのかと見上げると、やさしい目をしていた。
「正直、寂しいですが、旦那様……いえ、お兄様がここに私を置いたということは何か考えがあるんでしょう」
「……まあな。あいつは、何があってもいいように備えておくやつだ」
「何があっても?」
「そう。たとえば、ここの知識を使えば、新しく店も出せる」
「え?」
「市位の男と添い遂げる、といったとき、令嬢は降格されて戸籍がなくなってしまう。その時に生きるすべがないと困るだろう? 令嬢としてどこかの貴族と添い遂げるのであれば、そんなことはしなくていいんだが、でも、知識は武器になる。貴族、市位の娘、どちらともに身を振れるようにという、オーランドの思惑だよ。……だから、あと、もうちょっと爺さんに付き合ってくれな」
にっと味のある笑みを浮かべる彼に、シャナは、こくんとうなずいて、ふと、ジャックが持っていかなかったオーランドのかさを見つけた。
「あ……」
「ああ、忘れもんか? なに、すぐ取りに来るさ」
店先においときな、といわれてシャナは店先に傘を置いて、そっと外を覗いた。
いつの間にか、雨は上がって、うっすらと金色の日の光が雲間から差し込んでいた――。
「まぶしい」
シャナは目を細めながら、ふと、唇に笑みを乗せるのだった。
これで、本編は終わりです。
長い文章でしたが、お付き合いありがとうございました。




