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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
終章:前へ。
68/146

終、

「おいあんちゃん、この子どうだい!」


 人売りが声をかけてくるが、オーランドは無視を決め込んで歩いていく。大体彼もわかっているのだろうか。オーランドが身にまとっているのが取り締まる側のものだということを。


 うるさい商売の声を通り過ぎて、居住区へ入る。そこにある、売る数は少ないが味は確かなお菓子屋に入り、お茶菓子を数点買って外に出る。そして、石畳の街並みに革靴の音を響かせながら忙しそうにがやがやとしている一つの建物に入った。


「……カレン」


 呼びかけると、しばらく返事がなかった。焦れたオーランドが処置室を覗くと、険のある表情でこちらをにらむカレンがいた。なにかをいいかけた口を閉ざしてオーランドは待合室を見やった。


「暇か?」


 その言葉に警戒感をあらわにする猫のようににらむカレンに、オーランドは、くつくつと笑いながら、買ってきたお菓子を受付嬢に持たせて、上着を脱ぐ。そして、いつの間にか置かれてあったカレンには大きすぎる白衣に袖を通して笑みをかみ殺す。


「腹痛、風邪などの症状は俺のところに来い。カレンの知り合いの医者だ。切り傷、などのけがはカレンのところに」


 患者の仕分けをして、オーランドは、一階にあるもう一部屋を陣取って、内科医として働き始めた。


 実際、手袋なしに読み取る診断は正確な診断に大いに役立っていた。シャナの処置の時に気まぐれとトラウマを防ぐためにやったことだが、魔力酔いに気をつければ日常生活に支障がないことに気付いて、それからは使うようにしていた。


 そして、数時間が過ぎ、お昼時になって、ようやく人が引いて一息入れられそうになった。


「兄ちゃんはカレンちゃんのなんだい?」

「なんだろうな」

「コレか?」


 小指を立ててにやにやする親父に、オーランドは、うるさい口の腹いせに飛び切り苦い薬を調合して差し出す。


「吐くなよ」

「なんでい。そんなすごいのかい?」


 水を手渡して、いつでも逃げられるように腰を浮かす。一息に口に入れて水を含んだ患者があまりの苦さに吐いたのに、洗面器を差し出していた。


「なんじゃ、この藪医者が!」

「なんだ? 一番効くのがそれなんだが……?」

「どこが。ただの毒だろうが!」


 怒鳴る親父の声に張りが戻ったのを聞いて、オーランドは肩をすくめる。


「カレンはやさしい奴だからな。効き目の緩い奴を何度も飲ませてゆっくりと治すやつだ。俺はそんな甘ったれたことはしたくねえな」

「だからってこれ飲ますことないでしょうに!」


 と、後ろからカレンが処方の内容を見て声を上げる。カレンは暇になったらしい。


「だが、もう元気そうだぞ」

「え?」

「あ……」


 不安定だった腹の調子を訴えていた親父がでっぷりと出た腹に手を当てて目を丸くしていた。吐きだす直前少し飲みこんだらしい。のどに手を当てて舌を出すのを見ながら、オーランドはまた調合して差し出す。


「気合であと飲み干すんだな。俺は飲みたくないが」


 そういって、オーランドは目で、おやじに飲むように促して、机に頬杖をついてカルテを書いていく。


「ぐ……」


 オーランドの挑発に、親父は目をつぶって気合で飲み干して、嗚咽する。そのあとすぐに水を大量に飲み干して、何も言わずに料金を払って出ていった。


「これであらかたはけたか?」

「ええ。助かったわ」


 カレンが肩をたたいてオーランドの隣に座る。


 すぐさま、受付嬢兼補佐の少女が気を利かせてその場にお茶とオーランドが買ってきたお茶菓子を出す。


「……お前も食べとけ」


 自分の分のお茶菓子の半分を少女に渡すとパッと顔を輝かせて頭を下げる。


「あら、やさしいじゃない」

「ああいう焼き菓子で甘ったるいのは苦手だ」

「クッキーとかは好きなくせに?」

「クリームが嫌いだ」


 そういった、オーランドの顔に、この顔で甘いもの食べるなんてとカレンがくっと笑う。そしてお茶に口をつけて、オーランドを見た。

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