7、
軍舎に伸びる坂を下り、もう、人もまばらな石畳を駆け抜けて、寝静まる町家を抜け、そして、王都周辺に広がる静養地の森の中に入って行く。
がさがさと音を立て馬が木々の間をすり抜けて疾駆し、そして、いつのころか、きな臭いような、何かが焼けている匂いがあたりに立ち込めていた。
「……」
その匂いが濃くなって行くにつれて、三人の表情がこわばっていく。特に今にも吐きそうな顔をしているのはオーランドだった。
「閣下!」
二人の護衛にとつけた、オーランドの部下が馬を駆り、三人を見つけた。
「どこからか火が。回りが早く……!」
「外に避難したのは?」
「俺ぐらいしか……。彼女らは治療中だと遠ざけられてしまって……」
「わかった。君はとっとと火消の連中に水を持ってくるように言うんだ。いいね」
「はい!」
先頭にいたバートラムが応対して、王都に行かせる。別邸の方向を見ると、赤々とした炎が森の間からも見えた。
「火の勢いが強すぎる」
「……そんなことはいい。早くいくぞ」
方角がおおよそつかめたのだろう。オーランドがバートラムを追い抜かして馬を走らせる。さすが戦場を駆け抜けた軍馬は、森程度の足場ではよろけることも迷うことも、火事の気配にも動じることはなかった。ただ主を背に乗せて暗い道を駆け抜ける。
そして、物が焼けこげる嫌な臭いは、もはや鼻が曲がりそうなほどの濃さになっていた。ぱっと道が開け、目の前に広がったのは、窓という窓から火を噴く小さな家だった。
「……」
あまりの火の勢いに、オーランドが息を飲み、呆然としながら、馬を下りて、ふらふらと、家に近づく。
「オーランド!」
後から追いついたバートラムがそのまま火の中に飛び込んでいきそうなオーランドを、肩をつかんで引き止めて火を見る。
「……だれか」
オーランドの肩をつかみながらバートラムはあたりを見回して、屋敷から逃げた人影がないかを確認する。
呆然と、窓から少し離れたところに座り込んでいたのは、リチャードだった。
「リチャード!」
思わず、バートラムが怒鳴り上げると、彼は、はっとした表情をこちらに見せて、白衣を振り乱して森の中へ逃げていった。
「くっそ!」
追いかけたいバートラムだったが、肩をつかんだオーランドの様子がおかしいことに気付いて、手を離せなくなっていた。制服が異様な速さで湿ってきているのだ。
「ロラン!」
「追尾魔法をかけました。すぐに追っかけられます。小物は後で。これをどうにかしなければなりません」
オーランドや、バートラムよりも小柄なセザールが、オーランドを見上げて、目を細めた。
「あなた、火に強い恐怖心がありますね?」
目を爛々とさせて、一点を見つめて、玉のような汗をかき荒い呼吸を繰り返すオーランドに、セザールが鋭く言った。
「……そ、それが、どうした……っ」
ガラガラと、屋敷の一部が燃え崩れ落ちる。
「シャナっ、カレンっ!」
突然、オーランドが、叫ぶような鋭い声を上げて、強い力でつかむバートラムの腕を振り払い、そして、前をふさぐようにいたセザールを突き飛ばして、火の中に入って行った。
「……おい!」
さすがの熱気に追いかけかけたバートラムの足が止まり、唇をかみしめる。
「くそ、三人の焼死体かよ」
「……兄さん?」
突き飛ばされて転んだセザールが得意げに笑って自分を指さした。
「前言いましたよね? 優秀な人材はなくすわけにはいかないと」
「……」
ため息をついて、セザールは立ち上がると、あきれたように火の中を見た。
「すぐ戻ります。兄さんは、あの小物を」
「……大丈夫か?」
「ええ。ご心配には及びませんよ」
そういって自分に何かの魔法をかけたらしいセザールが走って火の中に入る。ふわりと火がセザールをよけるようにめくれていくのを見てバートラムは視線を森の中へ投げた。
「くそ!」
吐き捨てるようにバートラムがつぶやくと、セザールがかけていた追尾魔法による光の痕跡を負ってリチャードが消えた森の中へと入って行った。




