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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
7章:燃え上がる炎と記憶
62/146

7、

 軍舎に伸びる坂を下り、もう、人もまばらな石畳を駆け抜けて、寝静まる町家を抜け、そして、王都周辺に広がる静養地の森の中に入って行く。


 がさがさと音を立て馬が木々の間をすり抜けて疾駆し、そして、いつのころか、きな臭いような、何かが焼けている匂いがあたりに立ち込めていた。


「……」


 その匂いが濃くなって行くにつれて、三人の表情がこわばっていく。特に今にも吐きそうな顔をしているのはオーランドだった。


「閣下!」


 二人の護衛にとつけた、オーランドの部下が馬を駆り、三人を見つけた。


「どこからか火が。回りが早く……!」

「外に避難したのは?」

「俺ぐらいしか……。彼女らは治療中だと遠ざけられてしまって……」

「わかった。君はとっとと火消の連中に水を持ってくるように言うんだ。いいね」

「はい!」


 先頭にいたバートラムが応対して、王都に行かせる。別邸の方向を見ると、赤々とした炎が森の間からも見えた。


「火の勢いが強すぎる」

「……そんなことはいい。早くいくぞ」


 方角がおおよそつかめたのだろう。オーランドがバートラムを追い抜かして馬を走らせる。さすが戦場を駆け抜けた軍馬は、森程度の足場ではよろけることも迷うことも、火事の気配にも動じることはなかった。ただ主を背に乗せて暗い道を駆け抜ける。


 そして、物が焼けこげる嫌な臭いは、もはや鼻が曲がりそうなほどの濃さになっていた。ぱっと道が開け、目の前に広がったのは、窓という窓から火を噴く小さな家だった。


「……」


 あまりの火の勢いに、オーランドが息を飲み、呆然としながら、馬を下りて、ふらふらと、家に近づく。


「オーランド!」


 後から追いついたバートラムがそのまま火の中に飛び込んでいきそうなオーランドを、肩をつかんで引き止めて火を見る。


「……だれか」


 オーランドの肩をつかみながらバートラムはあたりを見回して、屋敷から逃げた人影がないかを確認する。


 呆然と、窓から少し離れたところに座り込んでいたのは、リチャードだった。


「リチャード!」


 思わず、バートラムが怒鳴り上げると、彼は、はっとした表情をこちらに見せて、白衣を振り乱して森の中へ逃げていった。


「くっそ!」


 追いかけたいバートラムだったが、肩をつかんだオーランドの様子がおかしいことに気付いて、手を離せなくなっていた。制服が異様な速さで湿ってきているのだ。


「ロラン!」

「追尾魔法をかけました。すぐに追っかけられます。小物は後で。これをどうにかしなければなりません」


 オーランドや、バートラムよりも小柄なセザールが、オーランドを見上げて、目を細めた。


「あなた、火に強い恐怖心がありますね?」


 目を爛々とさせて、一点を見つめて、玉のような汗をかき荒い呼吸を繰り返すオーランドに、セザールが鋭く言った。


「……そ、それが、どうした……っ」


 ガラガラと、屋敷の一部が燃え崩れ落ちる。


「シャナっ、カレンっ!」


 突然、オーランドが、叫ぶような鋭い声を上げて、強い力でつかむバートラムの腕を振り払い、そして、前をふさぐようにいたセザールを突き飛ばして、火の中に入って行った。


「……おい!」


 さすがの熱気に追いかけかけたバートラムの足が止まり、唇をかみしめる。


「くそ、三人の焼死体かよ」

「……兄さん?」


 突き飛ばされて転んだセザールが得意げに笑って自分を指さした。


「前言いましたよね? 優秀な人材はなくすわけにはいかないと」

「……」


 ため息をついて、セザールは立ち上がると、あきれたように火の中を見た。


「すぐ戻ります。兄さんは、あの小物を」

「……大丈夫か?」

「ええ。ご心配には及びませんよ」


 そういって自分に何かの魔法をかけたらしいセザールが走って火の中に入る。ふわりと火がセザールをよけるようにめくれていくのを見てバートラムは視線を森の中へ投げた。


「くそ!」


 吐き捨てるようにバートラムがつぶやくと、セザールがかけていた追尾魔法による光の痕跡を負ってリチャードが消えた森の中へと入って行った。

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