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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
1章:彼にとって日常とは
6/146

1、

「旦那様……?」


 控えめな声に、ふと、オーランドが目を開くと、ソファーの傍らに膝をついて、小さな手で背中をさする一人のメイドがいることに気付いた。いつの間にか、オーランドは意識を失って、咳き込んでいた。それに気付いたメイドが入りこんで、その背をさすっていたのだった。


「すまん……」


 起き上がって、ぐらりと傾ぐ体を立て直したオーランドを見て、彼女は心配そうに顔を覗き込んだ。昼の光が、彼女の柔らかい色の瞳を透かす。


「体調が悪いのであれば、午後からの出仕に切り替えたほうがよろしいのではないでしょうか?」


 控えめなその提案に、オーランドは重たいため息をついてちらりと扉を見る。


「……」


 うっすらと扉が開いて、こちらを見る複数の眼があるのがオーランドには見えた。


 メイドや、執事たちは、女っ気のないオーランドを心配している。そういう妄想をして楽しんでいるのは知っていたが、と苦く思いながら、オーランドは、肩に触れたままの彼女の手を掴んだ。


「オーランド様?」


 さりげなく彼女の手を放して扉を目で示す。


「わっ!」


 あわてたように彼女が扉に駆け寄って開く。


 蜘蛛の子を散らすようにといったところか、扉に張り付いていたメイドや年若い執事たちがパッと消える。


「失礼いたしました! 申し訳ございません」


 そして、平伏せんばかりに謝る彼女に、オーランドは、毒でぼんやりした頭で眺め立ち上がる。


「オーランド様!」

「大丈夫だ。……だが、確かに午前中の出仕はやめたほうがいいかもしれないな。伝令役にそのことを。部屋に戻る」

「……! かしこまりました!」


 まさか、提案が受け入れられるとは思っていなかったのだろう。メイドはパッと顔を輝かせて一礼して部屋の外へ駆けて行った。


 その小さな背中を見ながら、オーランドは、彼女がここに来たてのことを思い出し、感慨深げに目を細めた。


「オーランド様? 体調が思わしくないと聞きましたが……?」


 執事長の初老を過ぎたかくしゃくとした執事が現れて、ふらつくオーランドを支える。


「執務室で毒を盛られた。解毒剤と癒しの魔法でどうにかなったが……」

「……執務室でも、ですか?」


 不穏なその言葉に執事長の眉が寄った。彼は、オーランドの祖父から言いつけられた、オーランドが実家にいた時からの世話係だった。実は、オーランドは、実家にいたころから、時たま、水に毒が盛られたり、命をとられるような襲撃を受けたりしてきたのだ。今回のことは、場所が意外なだけで慣れた事態だった。


「最近からだ。叔父上のところ、それも母上に近づいた男がいないか、調べている」

「……さようですか。……どうぞお気をつけなさいませ」

「ああ」


 部屋まで送ってもらい、机といすが置かれた居間で、軍服を脱ぎ、シャツを緩めた姿になると、隣の扉で仕切られた寝室のベッドに横たわる。


「お水を入れておきます。どうぞお休み下さい」


 居間まで入ってきた執事の一人がそう扉越しに告げて出ていく。


「ああ。頼むよ」


 整えたてのベッドに入り体の力を抜く。ふわりと、薫るラベンダーとレモングラスの香り。


 枕の下に手を入れると丁寧に設えられたサシェが挟み込まれていた。手触りからして、手作りなのだろうと、元のように戻して、目をつぶった。


「……あ」


 先ほどのメイドが、遅れて水を持ってやってきた。ぱたぱたと軽い足音を響かせて、そして、何かに気付いたように声を上げ、オーランドを見てどうしようとおろおろとしだした。顔は見えないもののオーランドには伝わっていた。


「サシェか?」


 うつぶせに横たわったオーランドが声を上げたのにびっくりして、メイドが飛び上がる。


「ひゃっ。は、はい! 申し訳ございません。差し出がましい真似を……」

「いや……。いい香りの選択だ。そちらに少し詳しいのか?」


 サシェを枕の下から引き抜いて、あおむけになりながら、メイドを見たオーランドは、泣きそうな顔をしている彼女に、サシェを差し出す。


「気分を害しましたでしょうか?」

「いや……。いい香りだ。合わせるバランスもちょうどいい」


 ぼんやりしながらそうつぶやいたオーランドは、意外に自分が眠気に誘われていることに気付いた。


「……失礼いたします」


 それに気付いたメイドが、水が入ったピッチャーを置いて、そっと、やわらかい掛布団をかける。


「その香りは人を落ち着かせる。寝室にはうってつけ、だな」

「そう、聞きおよびました。……その……。旦那様は、夜遅くまで執務を続けられていると聞きましたので、少しでも休んでいただこうと、思って……」


 尻すぼみに小さく成る彼女の声に、オーランドは知らずに口元が緩んでいた。


「オーランド様?」


 目をつぶりながらもそのやわらかい表情を見て、メイドがうろたえたように名を呼ぶ。


「いや。差し出がましくもない。心遣い、ありがたく受け取らせてもらう。……君が当番の時だったか。この香りは……」


 そうつぶやいた声は寝息に溶けていた。


 すうすうと寝息を立てはじめたオーランドの幾分か安らいだ寝顔に、メイドは目を見開いて、くしゃりと、泣き笑いのような表情を浮かべた。


「お休みなさいませ、オーランド様」


 サシェをそっと引き出しにしまって部屋から出たメイドは、どきどきと高鳴る胸を押さえてため息をついた。

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