7、
「悪魔の女など、死んでしまえ!」
雄々しい声の中で、そんな金切り声が聞こえて、ちらりと見ると、司教杖を手にした男の隣に、この場には似つかわしくない胸元の大きく空いたドレスをまとった女がそこにいた。
「奥様?」
「……そう、みたいね」
きょとんとしたシャナに、カレンはすっと目を細めた。
「オーランドに、嫌がらせをするっていうレベルじゃないね。もう」
「え?」
「私を含め、貴女も、オーランドに縁ある人でしょう? 一応。だから、突きやすい私たちを狙って、オーランドを苦しめたいのかもしれない」
冷静に呟いたカレンが、口元に皮肉気な笑みを浮かべた。シャナも、その言葉に苦い顔をして目線を逸らした。
「あいつがあたしたちを攻撃して、苦しむか、わからないのにね。……あたしなんて、貴女がけがをしたから頼みたいとあいつが来るまで、何年も関わり合いがなかったのに」
すでに興奮していて何かわからないことを口早にまくし立てている様を見て、神官たちはなだめすかしている。
このすきに、とカレンは縄を解こうともがくが、硬く結ばれた縄は解けそうにもない。
「……おとなしくしてろ」
十字架に近いところでたいまつを持って待機している神官が、カレンに気付いて、近寄ってくる。
「おとなしくなんて……」
「もう少し、周りを見ろ。まだだ」
たいまつを持ちながら、カレンに周りを指し示した神官は仮面越しにあたりを見回して舌打ちをしたようだった。
その様子に、カレンはまじまじと見上げていた。とても神官のやることではない。ゆったりした神官の服を身にまとっているとはいえ、出ている首の太さや手の武骨さ、肩幅などは隠せていない。
「……オーランドの?」
小さな問いに彼はそっぽを向きながらこくりとうなずいた。
「何人か紛れ込んでる。時間稼ぎのためにな」
「……」
部隊の私的な利用だ。
それに気付いて、カレンが顔をしかめると、神官に化けた軍人は肩をすくめた。
「隊長は来る。俺たちもできるだけ時間稼ぎをするから、おとなしくしててくれ」
つぶやいて、彼はカレンから遠ざかって神官の輪に入っていた。オーランドを隊長と呼ぶということは、オーランドが将軍ではない時からの部下、つまりは、国境防衛任務を共にした信用における部下ということだ。カレンは視線を足元に投げた。
「カレンさん?」
「大丈夫」
まだ、わめいている女に苦笑しながら、カレンはシャナにうなずいて見せて、そして、深呼吸をした。そして、女の声が止む瞬間を待っている神官をぎっとにらみつけた。
「この者たちは、神の意思に逆らい、人々を惑わし、苦しめた。その罪を認めようともせず、懺悔をせず、神に逆らい続ける。ゆえに、その罪をあがなうために、火刑と処する」
そして響く朗々とした一方的な声に、神官たちの賛同する声が湧き上がる。その時だった。
「火だ!」
誰かがそう叫んだ。
人垣のはるか後ろ、赤く燃え上がっていた。予備の飼葉がたくさん積まれていた場所から高く、火の手が上がっていた。
時間稼ぎのために誰かがわざと火を投げたのか、それとも偶然なのか。
「水だ! 早くしろ! 撒かれるぞ!」
あっという間に火は高く燃え上がり、近くにいた神官に燃え移ったらしい。苦しみ叫ぶ声が聞こえ、そして、神官たちは一気に逃げ出した。
「おい! お前ら!」
火から遠い神官たちは逃げだした神官達に手を伸ばすが、ほとんど恐慌状態に陥った神官達には聞こえていなかったようで、あっという間に、その場にいた半分近くがいなくなった。
赤々と燃える炎と、投げ捨てられた松明と、人間松明たちが、開けた空間に、くすぶっていた。
「……シャナちゃん。見ないで」
「……はい」
シャナは目を背け、カレンは、顔を青ざめさせていた。さすがのカレンも、これほどの図は見たことはなかったようだ。重度のやけどにもがき唸りを上げる神官と、こと切れて動かなくなった人型の何か、火が消えずに転げまわっている男たち。
平気そうな顔をしているのは、オーランドが送り込んだ軍人ぐらいなものだろう。それでも顔は青ざめている。




