7、
薄暗く湿っぽい空気がそこには漂っていた。
「気の毒にな。お嬢さんも」
縄に縛られて牢に入れられているのはシャナだった。
「……縛っておいて何を言うんですか?」
抵抗らしい抵抗をせずに、ただ皮肉るように言ったシャナは、とくに表情をこわばらせることもなく鋭く、そこに立っている男を見ていた。
暗がりでよくわからないが、シャナを連れてきた神官と同じように仮面をかぶって、顔を隠している男は、しゃがみこんでシャナの顔を覗き込んだ。はらりと、仮面の乗った顔に白髪交じりの髪がかかる。
「確かになあ……。んでも、君があの男と関わり合いでなければ、こうはならなかった。恨むなら……」
「旦那様を恨むことなんてありません。旦那様にお仕えして、こんな悪い結末だったとしても、……あのまま家なしの子でいたほうが最悪の結果になっていたことは目に見えています。……感謝することがあっても、恨むことなんて絶対ありません」
そういい切ったシャナに、男はすっと目を細めて背を向けた。
「旦那様か」
「旦那様です」
男は鼻で笑うとそれ以上何も言わずにその場から立ち去った。
「……」
牢の中、シャナは黙り、目をつぶり体を丸めた。
神殿の地下牢。
いうならば、この場所は、魔女狩りにあった女たちが閉じ込められるところだった。牢にしては綺麗なのは、さすが神殿、というものか、それとも回転率がよすぎるからだろうか。饐えたにおいも、人のにおいも何もなく、ただ、上から流れ込むむせかえるような香のにおいが立ち込めていた。
「……」
この国の神殿は、病人、けが人を取られた神官達が信仰という大義名分の下で、医者やその地域に根付いていた民間療法の類をおこなう人々を迫害し、魔女として処刑していた。
先代の王からその動きを抑制するような法律が制定されたために、最近ではほとんど聞かなくなったのだが、まったくなくなったわけではない。現に今、シャナは、その魔女としてとらえられていた。
遠くから、神をたたえる讃美歌の声が聞こえ、祈る声も聞こえる。
「神様、か」
ポツリと皮肉気につぶやいて苦笑したシャナはただ、静かに時を待った。
誰がシャナを密告した、などという問いは浮かばなかった。
最近の流れから見て、オーランドを狙った誰かが、オーランドを直接攻撃するよりこちらのほうがはるかにいいと考えたのだろう。
何が目的なのか。
ここまで執拗にオーランドの周辺を狙う動きから見て、金銭の要求とかよりは、オーランド自身を苦しめようと、いたぶろうという恨みを晴らすような、そんな陰湿なにおいを、シャナは感じ取っていた。
「バカな人」
メイドであるシャナをオーランドが助けに来るわけない。あの時は誘拐という市民を狙うような動きを見せたからこの王都の警備を担う仕事をこなすために来ただけだ。
そう独り言ちて、シャナは静かにしていた。
そして、しばらくして、にわかに騒がしくなった。
「離しなさいよ!」
女の鋭い声と、複数の男の足音がこの地下へとやってくるようだった。聞き覚えのある女の声にシャナははっと顔を起こすと、階段から白衣を着たカレンが両脇を抱えられてこちらにつれてこられてきた。
「カレンさん!」
「シャナちゃん! 無事だったのね!」
カレンの声にほっとするのを感じながら、シャナは顔を隠した神官たちをにらみつけた。
「なんでカレンさんを!」
「……お前にこたえることはないな。わかるだろう」
カレンを同じ牢に入れて、神官は上へ引き揚げて行く。
「どうして……?」
「一人でいるとき狙われたみたい。ジャックが出て行ったときにさっとさらわれた」
「……旦那様は?」
「あなたを助けるために今下準備してる」
「下準備?」
「私にもわからないけど、たぶん……」
上を気にしてカレンはシャナの耳元に口を寄せた。
「え?」
目を丸くしたシャナにカレンは首を傾げてシャナを見ていた。
「わかる?」
「……」
言われた言葉にシャナは、ふと、セザールとの会話を思い出し、そして、困ったように笑った。
「危ないことをしますね」
「……え?」
「どの道、カレンさんを優先させると思います」
冷静にそういったシャナに、カレンは目を見開いて、眉を寄せた。
「そんなわけないでしょう。だって……」
「だって、私は旦那様のメイドです。メイドのために、犠牲を払いますか? そんなお金があるならば、新しい人を雇った方が、安いと」
絶句しているカレンを見て、シャナはふと寂しげな笑みを浮かべて視線を下げた。
「……私かあなたか、どちらかになれば、旦那様はあなたを選ぶと思います。……私はそうしてほしい」
つぶやいたシャナは面を伏せて膝に顔をうずめた。




