6,
「久しぶりだな」
「ん?」
「こうやって二人で出歩くの」
人ごみを並んで歩きながら、ポツリとオーランドがつぶやいた。
「そういうの気にするの?」
「いや。本当に久しぶりだと思ってな」
「……たしかに、もう、十年、いや……」
「最後にまともに話したのは、戦争の前だ」
「え?」
「俺が徴兵される直前。軍学校の帰り、ちょうどここらですれ違った時だった」
「……」
変りない町の一角を指さしたオーランドに、カレンは苦笑を漏らした。
「よく覚えてるね」
「……まあな。記憶力はいいわけだ」
「昔からそうだったわね」
静かに笑うカレンを見て、オーランドが何とも言えない顔をして人ごみを眺める。
「どうしたの?」
「……いや。何でもないさ」
そうつぶやいて、オーランドはカレンの手を取って人ごみに入る。
「オーランド?」
「はぐれる」
一言だけ言ったオーランドが、かたくなに視線を合わせようとしないのを見てカレンがあきれたように笑ってそっとオーランドに寄り添った。
「何買いに行くの?」
「収納と木材。それと……白衣」
「白衣?」
「お前の白衣を汚してしまっただろう? 替えがあるとしても、いくら持っていてもいい」
そういって、言った順に店を回って、最後に白衣が売ってある店に入り、数着購入する。
「やっぱ金持ちは違うわね」
「金持ちじゃねえぞ」
「だって、軍人でしょ?」
「その中でメイドなどの給料払って飯代なんだかんだですぐ吹っ飛ぶ。自由にする金なんてあんまりねえんだよ」
「貴族のお坊ちゃまが?」
「今は貴族から離れてほとんど平民だろうがよ。貴族を知る平民と変わらねえよ」
重たいものは直接配送を頼み、白衣の入った袋だけ持って、二人は軽食屋へ入っていた。
「叔父さんだっけ、まだぶんどってるつもりなの?」
「ああ。そのようだ。器じゃないと見るからにわかるのにしがみついてやがる。それもこれも、女に不自由しねえからだろうが」
「下種ね」
「全くだ」
コーヒーすすりながらそんな会話をしていたが、すぐに沈黙は訪れた。
「……」
「……」
がやがやとする店内になじんでいるようで浮いているオーランドと気まずそうなカレン。
「ねえ……」
「……あ?」
このまま煙草をくわえていても違和感がないその口調と顔にカレンはふっと吹き出していた。
「……なんだよ」
「ううん。……あの、ごめんね」
ポツリとした言葉に、首を傾げたオーランドは、すぐに、ああとうめいた。
「気にすんな。お前が誤解していると気づいていながら解こうとしていなかっただけだ」
「でも、それすら私は拒んでいたでしょう?」
しおらしいカレンに、オーランドは一つため息をついて、机の上に握りしめられている小さなこぶしにさりげなく手袋をはずして手を重ねて、カレンの目を覗き込んだ。
「オーラン……」
いぶかしげなカレンが、オーランドを呼ぶが、目があった瞬間息を呑んだ。そのまま、目を見開いたまま硬直して、オーランドの茶色い瞳を見つめ続けていた。
「……ついでだから教えておく」
手を離して、重たいため息をついたオーランドはそっとカレンのすべらかな手の甲を撫ぜる。
「これ、本当……?」
「ああ。本当だ」
どことなく、やさしい声を出したオーランドに、カレンはうるんだ目でオーランドを見ていた。
「でも、俺は俺だ」
静かに呟いたオーランドは、今にも泣きそうになっているカレンに表情を緩ませて、涙のたまっている目じりに指を滑らせる。自然な動作だった。
「ごめんなさい」
ポツリとつぶやいたカレンはぽろぽろと涙をこぼしながら、オーランドを見ていた。
「ごめんなさい……」
顔を両手で覆って、それだけつぶやくカレンを、オーランドはただ、それ以上は何も言わずに慰めるように髪を撫ぜていた。




