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そして、目を覚ましたオーランドに、バートラムは、相手をしてもらっていたオーランドの部下に人払いを頼んで、扉が閉まってからにやにやとしながら首を傾げた。
「さて、本題に移らせてもらうが、最近、お前にたてついていた辺りのバイヤーが釈放された」
バイヤー、とつぶやいて眉を寄せたオーランドに、逮捕時期と罪状を伝えると思い出したらしい、ああ、とうめいた。
「あの出っ歯兄弟か?」
「出っ歯兄弟って……」
ぶっと噴き出したバートラムに、オーランドは、まだ、毒の残る体にいやな顔をして、体を起こした。握ったままのバートラムの水筒の水をありったけ飲んで突き返して、重いため息をつく。
「んで? やつらがどうした?」
「ん、犯行予告。近いうちに会いに行くだと」
「次はあの自慢の歯をたたき折ってやろうか。いい加減目障りだったんだ」
「そのうち軍会議かけられるんじゃないか?」
「状況をでっち上げればこっちのもんだ」
「悪いやつだな」
そういわれたオーランドは、肩をすくめ、そして、ふと、窓に目をやって眉を寄せた。窓から外を眺めると、鳩が窓ガラスに突撃するところだった。
そして、どしゃ、と派手な音を立ててガラスに見事に突撃をかました鳩がずるりと落ちて、雨が入り込まないように深めに作られた窓ガラスの外側の空間で引っかかった。
「どうしたっ? つか、今の……?」
「……鳩だ」
至極当然のようにそういって、オーランドは窓を開けて、立ち直ってガラスをこつこつと突いていた鳩を入れてやって腕に止まらせる。鋭く空を滑空して窓ガラスに突撃したにも関わらず答えた様子のない鳩に、バートラムは唖然としている。そして、それを当然のようにオーランドがどこからの鳩か首輪を見ている。
鳩も心得ているようにおとなしく、オーランドの腕に止まり、足に括り付けられた筒を、取ってといわんばかりに片足を上げて首を傾げた。喉の奥でくるくると鳴いているのにオーランドは重たくため息をついた。
「少し待ってろよ」
丁寧に括り付けられた小さな筒をとってやり、部屋の中にある鳩の籠に戻してやる。
「どうした?」
「屋敷からだ……。急用だ。あのくそババア、また来やがったか……」
静かに呟いたオーランドは手紙をぐしゃっと握りしめてゴミ箱に放り捨てて、机に置いてあった書類をざっと見て、今片づけなくてもよさそうだと判断してから足早に部屋を出た。
「オーランド?」
「一回ここを空ける。空室のところに札をかけておいてくれ。しばらく戻れない」
そういうや否や、オーランドは廊下を走り、軍舎を出て、馬舎に向かう。
「オーランド・バルシュテインだ」
世話係に馬を持ってきてもらい、飛び乗ると、バートラムが気を利かせて部屋に忘れたカバンを持ってきた。それを受け取るや否や、馬をいきなりかけさせた。
「おーい!」
何かをバートラムが言う声が遠ざかるのを聞きながら、オーランドは、不機嫌丸出しの顔で、まっすぐと馬とともに一度屋敷へ戻った。
「旦那様!」
「あれは?」
屋敷につくと、門のところに執事が焦った顔をして待っていた。
「相当お怒りです」
「……日中はいないとわかっているはずなんだがな、あのくそババア」
舌打ちをせんばかりに呟く彼に、執事は残念ながらという顔をしながらうなずいた。本当はたしなめるべきなんだろうとわかっていると言いたげな顔だ。
「馬を。早く……」
「ああ。頼む」
カバンを小脇にして、オーランドは走って屋敷に戻り、そして、今の状況を応接室の外で確認して、カバンをメイドに残し息を整えて部屋に入った。
「私を待たせるなんて、偉くなったのね! オーランド!」
「訪問されるのでしたら、一度連絡くださいと何度も申しているでしょう? 継母上」
「お黙りっ!」
ぴしゃりといわれた言葉に、オーランドは深くため息をついて、目を細めた。そして、先ほどよりも低く抑えた声で、その三白眼がさらに鋭さを帯びた。
「私は一国の軍人です。あなたにだけかまけているわけにもいかないのはお分かりになるでしょう。私の身はすでに国のもの。あなたのわがままにいつまでも付き合ってられません。今日はこれでお引き取り下さい」
負けじと口を開いて、手元に置いてあるまとまった金を差し出すと、ふんだくるようにそれを受け取って、いやしくも枚数をその場で確認し始めた、毒々しいほど紫のドレスを身にまとった中年に差し掛かったぐらいの女性を、無表情に眺めた。
とりあえず応接室のソファーに座っているが、オーランドの膝は揺れている。
「ふん。わかっているじゃないの」
「あなたが、私の元を訪ねてくるのはこういう時にしか来ませんからね」
そういったオーランドはとっとと帰れといわんばかりに、彼女をにらみつけた。
「何よ」
「早くお引き取り下さい。これ以上ここに居座るというのであれば、公務の執行を妨害したとして、叔父上に言いつけます」
「なっ。あなたに何の権限が!」
「私は今、将軍位を陛下から賜っています。それなりに、そして、身内にも厳しくあらなければなりません」
言外に容赦はしないと言っているオーランドに、さっと顔を青ざめさせた彼女は、そそくさと馬車を呼びつけて帰って行った。その後姿を見送って深くため息をついて、ふらりとソファーへと体を投げ出した。
襟元を緩めて、バタバタとしている屋敷の足音を聞きながら、ぐったりと、体を預けていた。
「くそ……抜けが悪い」
そうつぶやいた声は誰にも聞かれることもなく、昼の光に照らし出された広い応接室に響いていった。