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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
5章:護る者、護られる者
44/146

5、

「オーランド……?」

「俺は大丈夫だ……」


 ほとんど吐息交じりの言葉にカレンが目を見開く。顔を上げてオーランドを見ると、汗の浮いた顔で、疲れ果てた、と言いたげな顔をしてカレンを見つめていた。


「大丈夫だよ……」


 言い聞かせるように重ねて言われた言葉に、カレンの瞳が揺れた。その表情を見て、ふっと、オーランドは目元を和ませて、小さく口元をほころばせた。慣れたものでなければ気づかないであろう微細な表情の変化に、カレンは目を瞠っていた。


「変わんねえな……。その顔……」

「ど、どの顔よ」


 オーランドを見ながら、そういうと、オーランドは笑ったまま目を閉じて肩をすくめた。


「自分でわかんねえなら、いいさ……」


 ふっと鼻で笑って、肩に入っていたらしい力を抜いて、オーランドは体を完全に診察台に預け、目を閉じた。


「オーランド……!」


 思わず腰を浮かせると、重なった手がぐっと握られた。


「カレン」


 やわらかい口調ではない、しっかりとした声、口調で呼ばれ、カレンは体をこわばらせた。


「俺はね、殺すために軍に入ったわけじゃねえんだよ」


 その言葉に、カレンは目を見開いた。眠る寸前の穏やかな顔をしているオーランドは、日ごろの険や、目つきの悪さもなくなり、年相応の青年だった。


「医者はこういう有事の際、患者を置いて逃げる」

「好きでそうしてるわけじゃな……」


 そういおうとするカレンの手を強く握ることで言葉をさえぎったオーランドは、けだるそうな力ない声で続ける。


「そうじゃなければ、将来救えるであろう人間が救えなくなってしまうからだ」

「……」

「でも、退避行動中に潰えようとする命があっても、立ち止まってそれを助けることはできない。立ち止まっても、切られてしまう。結局は見捨てるか、将来の患者を見捨てるかだ。それがとても苦しい。そうだろう?」

「……」


 固く握りしめられるカレンの手を握りながら、オーランドは、ふっとため息をついた。


「それは、俺も同じだ」


 ポツリとした言葉に、カレンは、はっとオーランドを見た。オーランドは穏やかな表情をしたまま、目を閉じている。


「軍にいれば、確かに殺す命もある。……入りたてのころは、確かに、医者というものから逃げるためにだった。だが、戦う力を身につけられれば、今のように身を削り、護りたい命を守り、見捨ててしまう、救えなかった、という後悔は格段に減ると思えるように最近ではなってきた」

「……え?」

「今の俺は、護るために、軍にいる。お前はそれが気に食わないのはわかる。でもあの戦争が起こったとき、俺は、心底自分は医者なのだと突きつけられたよ……」


 静かな声音で、つぶやいたオーランドは、ふっと薄目を開いて、カレンを見た。


「信じなくてもいいさ。……でも」


 ふっと目元が緩んで、ぐっと幼い顔に戻るその変化に、カレンは食い入るようにオーランドを見ていた。


「あのころの約束は……、今も覚えているよ。カレン」


 眠気に誘われているのだろう。幼子のような、どこかやわらかく緩い口調、掠れた、力ない声にカレンはオーランドの手を握っていた。


「オーランド……?」


 薄目がゆっくり閉じられて行き、そして、それ以上何も言わずにふう、とため息をついて、深く寝息を立てて、眠り始めてしまった。


 その顔をじっと見つめて、カレンは、ぐっと唇をかみしめた。


「……」


 安らぎきった寝息と、表情、そして、最後の言葉。


 カレンは泣きそうになりながら、むき出しのオーランドの肩に額を預けた。


 窓からは、外で片付けをしている部隊の面々の声と、建物からは、運び出されていく患者と運び出す兵隊の話し声が聞こえる。


 しばらく、けがで熱が出ている、熱すぎるぬくもりを感じ、高ぶった感情の波がおさまるのを待ってからカレンは、眠ってしまったオーランドに毛布をかけたり、使った器具の片付けをしたり、忙しく動き始めた。

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