5、
「ごめん。体押さえててもらえるかな」
幾分硬い口調で言われたその言葉に、バートラムは何も言わずにうなずいた。
意識なく、診察台にぐったりとしているオーランドの血の気のない冷えた体を、傷の手当てに支障がないように押さえつける。
「オーランド、沁みるよ」
強く言って、カレンは何か茶色い液体をしみ込ませた綿で、傷口をぬぐった。
「ぐあっ……っぅ!」
ビクンと強くオーランドの体が跳ね、傷口を逃がそうと体をよじる。
あわてて強く押さえつけて、オーランドを見ると、顔を背け、目を強くつぶり、上がりそうになる悲鳴を噛み殺しながらも、食いしばった歯の間から声が漏れている。
「……もう一回」
カレンの声に、苦しそうな顔をしながらもうっすらと目を開いたオーランドは、小さくうなずいて、一度食いしばった歯を解いて深く息を吐く。
「バート……らむ………」
「どうした?」
「轡を……。舌噛みきりそうだ……」
その言葉に自分が痛そうな顔をしながらうなずいて、バートラムは、自分の腰に佩いていた短剣の鞘にハンカチを巻いて、オーランドの口元に差し出す。むき身の剣は適当な場所に置いておく。
素直にそれを噛んで、カレンに目で合図を送ったオーランドは、荒い呼吸をすうと整えて、目を閉じる。
「行くよ」
それを見たカレンが震える声で告げると、すぐに丁寧に傷をそれでぬぐっていく。
「……っふ」
びく、とまた体を震わせながらも、今度はよじることなく、体を動かさないようにこわばらせたオーランドを押さえたバートラムは、その白い体が、力がこもり、筋肉が浮きあがり、血管が浮き出て、脂汗でぬめって行き、そして、わずかにともされた炎に照らし出され光出すのを見ていた。
「……オーランド、力抜いて!」
言葉に従って、ふっと力が抜ける。傷を見ると、白い綺麗な肌がざっくりと切られ、赤い組織が見えている。それでも、あれだけ流れていた血はにじむ程度に止まっていた。
「その綿が止めたのか?」
「綿に含まれた薬よ。オーランド、縫うからね」
手早く針と糸を用意したカレンが、さっさと縫い上げていく。ほかの怪我もそれぞれ処置を施し、夜が更けるころには、至る所にガーゼと包帯を巻いた裸体が処置台に横たわっていた。
「……カレンさん」
処置を終え、一番ひどい傷にガーゼを当てようとしていたカレンを見て、バートラムが、はっと思い出したようにポケットを探って軟膏ケースを出す。
「これは?」
「こいつの塗り薬。縫合した後にも使えるって」
手を洗ったカレンが、バートラムの手からそれを受け取って中を改めて、バートラムを見た。
「これ! こいつの……!」
「使えるか?」
「うん。ありがとう」
そういって、まだ、ガーゼを当てていなかった傷に、軟膏を塗ってから、ガーゼを当て、包帯を巻いていく。
「だいたい、これでいい、かな?」
「……みたいだな」
痛みの嵐が過ぎ去ったと言いたげに、そのころにはオーランドは意識を失い、深く荒く、息を吐いて眠っていた。まだ、寄った眉根にバートラムも眉を寄せた顔をして、汗で凝った前髪をそっと梳いてやる。
「……バートラム様……?」
呼び声に、振り返り、自分の隊の若い隊員が困ったようにいるのを見て、苦笑してため息をついた。
「もう、俺はいいかな?」
「ええ。しばらくここで様子を見るから。お外の指揮?」
「それもあるがな。……そうだ、ここの患者を軍で面倒見ることもできるが、持って行くか?」
「え?」
「ここの片付けなど、いろいろあるだろう。こちらとしても事情聴取で君に一定の時間の拘束を求めるだろうから……」
「……そう、ね。何日間か、無料で、お願いできるかしら」
抜かりなくそういってくるカレンにバートラムは苦笑を返してうなずいた。
「口添えしておく」
「心強いわ。バートラム様。ありがとう」
「どういたしまして。では」
一礼をして、隊員とともに処置室を出たバートラムを見送って、カレンは深くため息をついて、ぶるぶると震えている自分の手を見降ろした。
「……」
ぐっと握ってうつむいたカレンの視界に、大きく白い手の甲が現れ、そして、冷たく湿った手が握ったこぶしの上にかぶさり、やわらかく、つかまれた。
麻酔なしで縫合って気が狂いそうになりそう……
血で凝った髪の毛を洗うのもものすごく痛かったけど←




