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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
1章:彼にとって日常とは
4/146

1、

「ロラン」


 その代わりに名前をつぶやくと、ふっとバートラムの隣にかすみが現れ、そして、一瞬でそれが人になった。


「呼びましたか?」

「こいつ、ちっと癒してやってくれ」

「……毒です?」

「ああ」

「わかりました。少し、触れますね、オーランドくん?」


 いきなりあらわれた銀色の髪を一つに結わえて、メガネをかけた、神経質そうな線の細い若い男は、そっとオーランドの胸に手を当てた。


「……回りが早いですね。濃い」

「相当だったな。よくもまあ、あそこまで濃くできたことやらとは思ったんだが」

「……癒します」


 宣言に、バートラムはうなずいて、ロラン、と呼ばれた男は口の中で何かをつぶやいて、胸に、手をかざした。


「……あなたのいう通りですね」


 やがて癒し終わったのか、ロランと呼ばれた男は、バートラムに意識を失ったオーランドを椅子から抱き上げさせて応接のソファーへと横たわらせる。


「んだろ? これが俺たちと並んで呼ばれてるやつだ」

「……」


 ロランは、オーランドの青ざめた顔を見降ろして、額に冷や汗がにじんでいることに眉を寄せ、ハンカチでそれを押さえた。


「無理しますねえ」

「こいつはそういう奴だ。なんでここまで無茶するのかわからんが……」

「……もともと貧しい家ではありませんよね?」

「もともとバルシュテイン伯爵の長男さ。一人っ子だから、かなり甘やかされているのかと思ったらそうでもない。むしろ、自立して生きる道を選んだ、貴族にしちゃ異例中っちゃ異例なやつだ」

「ほう……?」


 感心したように声を漏らした彼に、バートラムは椅子に座って、ちらりと水差しを見やった。


「あれに残る痕跡を追って呪い返しを」

「はい、兄上」


 にっこりと笑った彼に、バートラムは嫌な顔をして片手を振った。


「気持ち悪いこと言うな。ロラン」

「だって、兄さんこそ、その名前で僕を呼ぶのはそういうってことでしょ?」

「……忘れ去られたお前の名前を呼ぶやつが誰かいなきゃならないだろうが」

「そんなこと言ったら兄さんだって、バートラムじゃなくて……」

「いうな」

「……」


 間髪入れずのその指摘に、ぴたりと黙り込むロラン。


 オーランドや、この軍人たちがよく知る人懐っこい表情ではなく、気迫さえ感じられるような引き締まった表情にロランは、あきれたような笑みを浮かべながら降参といったように両手を上げた。


「失礼しました、バートラム様?」

「わかればいい」


 すっと表情をやわらかいものに戻したバートラムに、ロランはふっとため息をついて肩に入っていた力を抜いた。


「こうやっていつも死にそうに?」

「任務中はだいたいこんなんだ。今まで生きながらえてられたのが、驚きなぐらい無茶をやったりしている」

「……たとえば?」

「この状態で、戦場をかけずりまわってた」

「……」

「自分では解毒剤を飲んだから大丈夫だといっていたが、それでも加減ていうものがあるだろうが。……何事もなかったように終戦まで動いていたが」


 あきれたようにため息をついたロランに、バートラムは肩をすくめて見せる。


「なんで自分のこともっと大切にできないのかすごく不思議なんだがねえ。どうすればいいんだ?」

「そんなの僕でもわかりませんよ。……強いて言うならば、レイも同じですねえ」

「……ああ、それはわかる。口を悪くしたレイといったところだろうか。態度が悪いのは二人の共通点だ」

「ますます会わせてみたいですねえ」

「こっちにとばっちりが来るから無理矢理はやめてくれ」

「わかってますよ。金さえあれば、彼は面倒なことをやめたい、つまり、やめたいということでしょう? こんな優秀な人材手放してなるものですか。私と、レイの権限を使ってまでも彼を引き離すことはしませんよ」

「はは、恐ろしいやつ」


 そういって笑ったバートラムにロランは、兄さんほどじゃありませんよと、あくまでやわらかく笑って、そして、ふっと消えた。


「全く」


 転移の魔法を彼ほど自在に使える男も珍しいだろう。


 彼は、国の政務官として王に仕えてる身でありながら、その家系が途絶えて久しい魔術師でもある。


 もちろん、少しだけなら、バートラムやこの国の王や、オーランドもだが、貴族位にいる人間であれば、たとえばろうそくに火を入れるぐらいなど簡単には使えるものだが、セザールほど魔力の保有量も、使うセンスも兼ねそろえた人間がいない。師と呼べるものがほとんどない中、彼は、立場と金を行使して、古代書を紐解き、異国の本を輸入して、独学で魔術を使えるまで至ったのだ。


「俺の周りは恐ろしいこと」


 そうつぶやいたバートラムは、オーランドが目を覚ますまで、執務室に居座って、挨拶に来るオーランドの部下の相手をして待っていた。

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