4、
そして、翌朝、カレンが別邸を訪ねたころには、オーランドはいなくなっていた。
「あれ? オーランドは?」
「呼び出しを食らって軍舎のほうに」
「謹慎じゃなかったの」
「……まあ、いろいろありましたから」
そう言葉を濁したジャックに、カレンは深く突っ込まずに、さっそくシャナが眠っているであろう部屋に入って行った。
「シャナちゃん? 入るよー」
「はーい」
扉を開ける前に一声かけると元気そうな声が聞こえてきて、カレンの表情が緩んだ。
「あら、朝ごはん?」
「ええ。旦那様が……」
「オーランドが食えって?」
「いえ、……その」
小さな声で作ってくれたみたいなんです、というその言葉を聞いて、カレンは素っ頓狂な声を上げて、シャナの手の中にあるカップの中身を覗き込んだ。
「食べられる代物なの?」
「ええ」
一口どうぞ、とシャナが差し出したカップをおそるおそる受け取ってスプーンで一口食べたカレンが目を丸くした。
「……あいつ、何ができないの……?」
思わず漏れたそのつぶやきに、シャナはくすくすと笑った。
「……たしかに、ここまでおいしいと、私たちのいる意味がなくなってしまいますねえ」
「……あ、そっか、シャナちゃん、もともとあいつのメイドなんだっけ?」
「ええ。旦那様もそうおっしゃっていませんか?」
きょとんとした顔をしたシャナに、カレンは、苦い顔をしながらカップをシャナに返して、隣に備え付けてある椅子に座った。
「いやね、あいつが、女の子大事にしてるの初めて見たから……」
「……私がそういう対象と?」
「……だと思うわよ。普通」
「旦那様はメイドに手を出す下種ではありませんよ」
「……って自分でも言っているだろうけど」
「大丈夫です。……旦那様は私に手を出すことは絶対ありません」
妙にきっぱりと断言するシャナの茶色い瞳を見て、カレンは首を傾げた。
「どうしてそんなこと言えるの? もしかして、あいつ!」
「違いますって。旦那様は、私をはじめ、家人を大事にする人です。その均衡を崩すことをよしとしません。それを率先してするような人では……」
「じゃあ、どうして君に関してこんなにあいつは気に掛けるの?」
もっともな問いにシャナは、少しだけ悲しそうな顔をしてカレンを見た。
「旦那様が人を大事にするのを見るのは嫌なんですか?」
シャナのその問いかけに、カレンが虚を突かれたように目を見開いた。カレンが、オーランドが自身が不仲だと言っていたハーブ屋の店主、つまりはバルシュテイン伯爵家のお抱えの医者の娘だということは、ジャックがシャナに教えていた。だからこその言葉だった。
「そんなことじゃ……」
「だったら不思議がることじゃないと、私は思います。……旦那様は軍の方でもありながらも、医術に精通された方。医者として旦那様は私を手当てしてくださっている。医者としてならば、この扱いは普通なものなのではありませんか?」
たしなめるような言葉に、カレンはうつむき、そして、シャナをまっすぐ見た。
「あいつは、医者なんかじゃないわ」
やけにきっぱりとしたその言葉に、シャナは、少しだけ悲しそうに目を伏せた。
「そう、ですか」
「あいつは、医者としての腕は私よりも優秀だわ。でも、それを持ちながら、あいつは、殺す方に回った。軍医だったらまだしも、一介の将軍として、人殺しの部隊を指揮し、そして、首吊り子爵だなんて呼ばれるようになって」
皮肉気に笑ったカレンに、シャナは目を伏せたまま、手の中にあるカップを見降ろした。ゆらゆらと水面は揺れていた。
「……ごめんね。こんな話をして」
「……いえ、私から振ったので。お気にせず。こちらこそご気分を害したようであれば申し訳ございません」
そういって、話を切って、シャナは、カップの中身をすべて食べて、それを見届けた後、カレンが傷の手当を始める。




