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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
4章:オーランドという男
33/146

4、

「痛かったでしょう?」

「え? ああ。でも……」

「でも?」

「……昔よりはましです。昔は、手当てなんて、してもらえませんでしたから」


 その言葉にジャックは、かける言葉を失ったようで、そうですか、とうなずくだけにとどまった。


 その場に静寂が下りる。


「ジャック」


 オーランドの呼び声に、ジャックが、シャナに、そこにいるように言った後、オーランドが消えた方向へ出ていく。


「……」


 シャナは、まだ痛みの残る体に顔をしかめながらも、そっとため息をついた。寄りかかるのも痛みが走るため、直立に座ったまま、テーブルに視線を落としていた。


「シャナ?」


 オーランドの、心なしか穏やかな声が聞こえたシャナははっと顔を起こして、なにか鍋を持ったオーランドと、お茶の用意を持ってきたジャックを見た。


「旦那様?」

「少しでもいいから食べなさい」


 そういってテーブルに鍋を置いて蓋を取って、また、シャナの隣に座った。


「食べられる?」

「え? あ、はい……でも」

「ん?」

「こんなにいっぱい……」

「全部食べなくてもいい。食べたいだけ食べなさい」


 困っているシャナに、オーランドはくつくつと笑いながら、小さな取り皿に野菜がたくさん入ったスープを取って、シャナに手渡す。


「ほら、食べて寝ることが一番の薬だ」


 促されるまま取り皿を受け取って静かに食べ始めたシャナを満足げに見て、表情を緩ませたオーランドをジャックは見ていた。


 夜は静か。


 虫の声だけがかすかに聞こえる。


「お母様……」


 ポツリとした小さな声を、二人の耳は確かに拾う。


 弱ったところを優しくされて、秘めていた記憶を擽ったようだった。


 オーランドは、何も言わずにシャナの髪に手を置いて、そっと撫ぜて、引き寄せた。ジャックはすっと表情を痛ましそうなものを見るようにゆがませて、オーランドに体を預けるシャナを見ていた。


「泣いていい」

 低いながらもやさしい声音に、シャナは顔を上げた。ほろりと、その目じりから涙がこぼれ頬をすべり、あごに滴る。


 ぴりりとすり傷が痛み、かすかにゆがめた眉、うるんだ瞳。


 オーランドは髪に差し入れた手を抜いて手の甲で涙をぬぐってやった。


 膝に取り皿を置いて、両手で顔を覆って静かに泣き始めたシャナに、オーランドは何も言わずに、取り皿をテーブルにどかし、慰めるようにその髪をそっと撫で、寄り添い続けていた。


 そして、落ち着いた頃合いを見計らって、オーランドは、持っていたハンカチをジャックに手渡して濡らしてくるように指示をして、居間から退出させた。


「母を、覚えているのか?」


 静かな問いに、シャナはこくんとうなずいて、とつとつと、話し始めた。


 生まれてからは、母と二人暮らしだったこと。


 貧しくも二人で身を寄せ合って生きてきたこと。


 病気をしたときは、こんな感じのスープを作って、おなかいっぱい食べさせてくれたこと。


 それでも、七年前に母は亡くなり、その間に通っていた父らしい男も見えなくなって、路頭をさまようようになったこと。


 そんなことをぼろぼろと泣きながら、つっかえながら話すシャナの肩を抱いて、相槌を打ちながらオーランドは、戻ってきたジャックから濡らしたハンカチを受け取り、シャナの目元に当ててやる。


「母上の墓は? あるか?」

「ええ。……その、お屋敷の近くの共同墓地に」

「……ああ、あそこか。共同墓か?」

「いいえ。……その、お父さんらしい男の人が、……」

「一つの墓に入れてくれた?」


 こくんとうなずくシャナにオーランドはそっとため息をついて、ちらりとジャックを見た。ジャックはその視線を受けて一つうなずくと退出した。


「今度、墓参りに行こうか? 行く暇なんてなかっただろう?」


 花も携えて、会いに行こうと言うオーランドに、シャナは、はっとしたようにオーランドを見て、そして、ぱたぱたと、涙を時雨れさせながら、こくんとうなずいた。

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