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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
4章:オーランドという男
32/146

4、

「帰らないのか?」

「ババアに話がある。……これ以上の経済的な援助はできない、とね」

「……経済……。まさか!」


 目を見開いたジルに、オーランドは感情を切り替えたのか、にらみつけるような顔をしながらも声は、普段通りの淡々とした声に戻った。


「ああ。あいつがこの家に入ってから、俺にかかった費用、つまりは軍学校の入学から必要な諸経費諸々を算出してその中で金を渡していた」

「なぜ私に払わない!」

「てめえに出してもらった覚えはないがな。……一応は継母。父上が健在だったころに再婚をしているわけだ。払うならあの婆だろう。ろくなことに使ってないだろうが……まあ、それも今日で終いだ。地下牢などにつないでおくことだな。あんな豚野郎」


 暗にそうでもして引き止めなければ次はない、と言いたげなその言葉にジルが暗い空を仰いだ。


「最後の金は?」

「ここに」


 ポケットに突っこんである小銭をジルに渡して、オーランドは彼を見た。


「善処するが……」

「……二度とはないと思え。善処するなんて言葉はいらねえし、これ以上俺の屋敷の者に危害を加えるのであれば、同じ一族で、名は同じだといえども、俺にはあんたに義理立てする理由はないし、あんなキチガイババア鎖にでもつないでおかなければ自分の首を絞める事態になる。それに、三指の槍と呼ばれていることを、それも、ほかの二振りとも顔見知りであることをお忘れなきように」


 打って変わって静かな口調でそう釘を刺したオーランドは、ぎりぎりとにらむギルを置いて、馬にまたがり、また、別邸へ帰って行った。


「ずいぶんお早いご帰還だこと」


 居間で一週間の屋敷の収支報告書を見ていたジャックが、皮肉ってオーランドを迎えた。


「屋敷の前で大騒ぎしてやった。一発で叔父貴が出てきた」

「そうでしょうねえ。あの方は夜が大事な方ですから」

「50過ぎの爺が気持ち悪い」


 吐き捨てるようにそういったオーランドは、ちらりとシャナがいる部屋に目を向け、その扉が小さく空いていることに目を見開いた。


「シャナ?」


 思わず詰め寄って扉を開くと、痛み走った顔をしながらも立っているシャナを見て、あわててその肩を支えた。


「どうした?」

「……お、お手洗いに……」


 顔を真っ赤にしていう彼女に、オーランドは、気まずげに顔を背け、支えた手前離すこともできずに彼女の行きたい方向へ、寄り添って歩いていく。


「その、すまん……」

「いえ。……あの……」

「わかっている。済んだら呼びなさい」


 オーランドは壁に彼女を寄りかからせてから居間に戻り、ジャックと顔を見合わせて肩をすくめた。


「目ざといのも考え物ですね」

「……うるせーな」


 まるで立場が逆転したようなそのやり取りに、オーランドはやりにくそうにため息をついてソファーに腰を下ろして、背もたれに背中を預けた。


「具合はどうですか?」

「小康状態だろう。これでまた徹夜でもすればひっくり返る」

「ひっくり返らないようにしてくださいね。ぼっちゃん」

「……やめろよ、その呼び方」


 顔をしかめてそういったオーランドにジャックはくつくつと笑って、報告書をテーブルに置いて目頭をもんだ。


「やっと老眼に近づいたか?」

「うるさい。だったら、これ読みます?」

「いや、部隊のでたくさんだ」


 そんなやり取りをしていると、ゆっくりとした足取りでシャナが帰ってきた。


「立って歩けるぐらいまでは回復したんですねえ……」

「薬の効きがいいのか、ただの根性か」


 肩をすくめてそういったオーランドはシャナを支えて、自分の横に座らせ、居間から出て行ってしまった。


「旦那様……?」

「ああ、シャナ、そこにいなさい。すぐに戻ってきますよ」


 報告書を取りまとめて、ジャックはまだ、青あざやすり傷が治りきっていないシャナの痛々しい顔を見てすっと目を細めた。

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