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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
3章:旦那様とは
30/146

3、

「旦那様?」

「ジャック、このバカ、ベッドに叩き込んで。高熱。おそらく過労。ワーカーホリックもいい加減にしないとぶっ倒れるどころじゃなくなるんだからね!」

「知ってら、ンなこと」

「じゃあ」

「……このヤマだけは外せねえだろうが」


 とりあえず居間のソファーに寝かせられたオーランドは、ぐったりと身を沈めながら力ない声でつぶやいた。


「シャナがさらわれる少し前に、毒を食らわされた」

「は?」

「抜けきったと思ったんだがな。まだくすぶっていたようだ」


 少しだけだるそうに、それでも淡々とした口調で言われたその内容にカレンの顔色が変わった。


「バカ! 毒食らったんだったら一か月安静にって何度言ったらわかるの!」

「わからんな。動けるんだから動くに決まっている」

「で、この様?」

「これも少し寝てればすぐおさまる」

「……」


 ぐったりと目を閉じて浅い呼吸を繰り返すオーランドを見下ろして、カレンはそっとため息をついた。そして、きっちりと襟元まで締められたボタンに手を伸ばした。


「カレン?」


 首元をくすぐるように動くカレンの細い指先を感じてふと目を開いたオーランドは、カレンの顔を見て何か言うのをやめた。


「私は人殺しになるつもりはないわ」


 軍人嫌いの医者、と謳われているカレンのその言葉に、オーランドは小さく苦笑を漏らしてソファーに体を預け、深く息を吐いた。この軍人嫌い、もとをただすとオーランドが原因だと、一体どれほどの人が気づいているだろうか。


 とりとめのないことを思いながら、オーランドは、ボタンをはずし終えて、襟を緩め、それから、血圧を見るためか腕を取り握りしめたカレンの手を感じていた。

 そして、しばらくして寝入ってしまったオーランドの、眉根が寄った寝顔にカレンはあきれたような顔をして、顔に浮いた汗をハンカチで押さえていた。


「ジャック」

「はい?」

「こいつ、部屋につれていって。そのあとに、水張った桶とか持ってきて頂戴」

「かしこまりました」


 ぐったりとしているオーランドを抱えたジャックは、しぶしぶといったようにオーランドの処置をするために、往診鞄の中身を広げはじめたカレンに苦笑をこぼした。


「カレン様」

「なあに?」

「旦那様はあなたのその複雑な心境もわかっておいでですよ」

「だからなに?」

「……表に出てます。隠すならもっとうまい方法を試してください」


 静かに言ったジャックに、カレンは舌打ちして軽くジャックをにらんだ。


「旦那様には旦那様なりの考えがあってのことです。差し出がましいのはわかっていますが、あなた様のその行動はいささか目に余る」

「何が言いたい?」

「……言いたいことは、わかっているはずです。聡いあなたにわざわざ申し上げるまでもありません」


 嫌味がかったその言い方に、カレンが立ち上がってジャックの胸ぐらをつかむ。


「離してください。旦那様を運びます」


 あくまで事務的にそういうと、カレンの手を振りほどいて、ジャックは鼻を鳴らして、オーランドの私室へ入る。


「ジャック」


 眠っていなかったのか、目が覚めたのか、オーランドが自分を抱き上げる男を呼ぶ。


「なんでしょうか?」

「あおりすぎだ。あいつ、短気なんだぞ」


 どう見ても面白がっている口調に、ジャックは深くため息をついた。抱き上げたオーランドの体の熱は、触れているだけでも熱い。


「それで何か失敗するのであれば、彼女はそれまでのこと。医者としてもっと優秀になりたいのであれば、旦那様に教えを乞うのが一番でしょう?」


 冷たいシーツの上にオーランドを寝かせ、目を閉じたままのオーランドをジャックは見た。体温が上がっているはずなのに顔は青ざめているのだ。もう少し悪くなると見ていいと判断して、ジャックはそっとため息をついた。


「……来られても困るんだがな」

「といいながらも、自分の知識について書き連ねているのは誰ですか?」

「……それは」

「私は、昔のように二人仲いい姿を見たいだけですよ。あれはあれではたから見ていて面白かった」

「ジャック」


 たしなめるようなオーランドの声にジャックは肩をすくめて、オーランドをベッドに寝かせジャックは部屋を出た。そのまま、無言のカレンの脇を通り、カレンの言いつけ通り水の入った桶など、熱の時の看病に必要なもの一式をそろえてオーランドの部屋にいれる。


 そして、また部屋を出たジャックは、シャナの様子を覗いて落ち着いていることを確認してから、この小さな別邸の洗濯ものなどの家事の作業へ移った。 

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