1、
「だりいな」
執務室に入って二人分の紅茶を淹れていると、するりと扉が開いてバートラムが入ってきた。
「おう、イリアーナのお茶か?」
「嫌いか?」
「いんや? 香り高く、味もなかなかうまい。やっぱりお前はいい目をしている」
その褒め言葉に鼻を鳴らしたオーランドは、遠慮なく応接セットに座ったバートラムの前にソーサーを置いて、紅茶を淹れる。
「お茶菓子も、これか。やるな」
「何がだ。とっとと要件話せ」
「……わかったよ」
さすがに不機嫌を察したのか、飼い主に叱られた犬のようにしょげて見せたバートラムにオーランドはその向かいに座って自分のカップにお茶を注ぐ。
「まず、陛下が近々お前と話したいと」
「陛下が?」
「ああ。お前の有能さに目が行ったらしい」
「……お前な……」
「俺はほとんどなんも言ってねえぞ。セザールがすげえ褒めてたけど」
「……」
顔を合わせたことのない優秀な政務官として名が通り、そして、同じように二つ名を持つ一人の男の名前に、オーランドは目を細めてため息をついた。
「まあ、何やらせてもそつなくできるからな。そういう人材が喉から手が出るほどほしいわけよ。この混乱期には」
「……もう混乱は終わっただろう」
「小康状態ってところだ。また、不穏なところが見えてきたからねえ」
「お前が、バカみたいにぶっ殺しまわってたのにか?」
バートラムが、但し書きがつくほどに、それなりに後ろ暗いことをしていたことを知っているオーランドは、自分のカップを手に取って、ちらりとバートラムを見た。
「虫けらはいろんなところから湧いてくるんだよ。オーランド」
「殺虫剤が必要だな」
「ほんとだよ。なんかない?」
肩をすくめたオーランドは、静かに紅茶をすすった。
「なあ、オーランド」
「なんだ?」
「お前、やっぱり」
「やだ」
「俺何も言ってないけど」
「どうせ、政務官として国に仕えないかと聞くつもりだったんだろう。何回も言っているが、俺が、この仕事にいるのは暇な割りに給料がいいからだ。それだけのため」
「俺はそう見えないけど?」
「なんだと?」
「死に場所を求めている」
「……っ!」
さすがに言葉に詰まったオーランドに、バートラムは肩をすくめてお茶に手を伸ばす。
そして、匂いを嗅いで、わきに放り捨てた。ぱりん、と薄いカップが割れて、敷かれていた絨毯に茶色いシミをつける。
「なんてな。……つーか、紅茶、毒入りでしょ?」
「……」
青ざめているオーランドの顔色を見てバートラムはあきれたように笑った。
「平然と飲むなよ、こんなもん。それに、毒は茶葉じゃない。元から汲まれて置いてあった水に入っている。しかも、水に溶けやすい毒だ。つまりは」
「こんな幼稚なことを思いつく脳みそと水溶性であることを見れば、そこら辺の花壇に植わってる花の毒」
「おう、詳しいな」
「それぐらいわかって当然だろ……」
「医者呼ぶか?」
「自分で調合したほうが早い」
そういって、ふらつきながらもオーランドは机の引き出しを開けて、小さな小分けケースを取り出して、適当に摘み上げて、どこかにしまってあったらしい乳鉢を取り出し、すりつぶし始めた。
「ほれ、水」
バートラムが持ち歩いている水筒の水をもらって、調合した粉薬を飲み干して、ぐったりと体を椅子にもたれさせる。
「抜けるか?」
「しばらくすれば。……」
ぐったりと目を閉じたオーランドに、バートラムは眉を寄せてちらりと水差しを見やった。
「こいつらはとっちめておく」
「いや……」
「いや、じゃねえよ。ヤッとく。つーか、お前、何回目だ?」
「最近はずっとだな」
最近やけに顔色が悪いことが多いと指摘するバートラムの言葉にオーランドは目を閉じてもう一度ため息をついた。そして、バートラムは、何か文句を言おうとしたが、そのつらそうな様子にすぐにやめ、肩をすくめた。