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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
1章:彼にとって日常とは
2/146

1、

 太陽も登り切らぬ早朝、肩に金の飾り紐がついて階級や得た勲章の略綬をつけただけの、ほとんど黒一色の軍服を身にまとった男が出ていく。


「行ってらっしゃいませ」


 メイドの見送りを片手で返して、馬の世話係が用意した黒馬に乗りこみ、そして、駆けさせる。


 屋敷を出て、人目を隠すように周りを覆う狭い雑木林を抜けて、彼は職場の軍舎へ出勤するために王都の下町に入る。


 下町を警護する早番の軍人が、オーランドの出勤に気付き立ち止まり、背筋を伸ばして敬礼を返す。それを馬上で片手を上げて返すのは、焼き立てのパンの香りが立ち込めるこの下町の朝の始まりの風景だった。


「首吊り子爵だ」

「おい、声がでかいぞ」


 そんな声に馬上の彼は気にした風もなくゆっくりとした馬足で堂々と街を行く。

 騎乗であいさつをすることを許された彼の若すぎる昇進は、周囲や、年かさの部下に少々やっかみの込められた目で見られている。


「お、首吊り子爵ー、相変わらず目つきが悪いな」

「なんのようだ、ローレン」

「なんもねえよ」

「だった声かけてくんな」

「はは。相変わらず朝は機嫌悪いな、オーランド」


 舌打ちで返すオーランドに、声をかけてきたスキンヘッドに軍帽をかぶった大柄な男は軽く笑う。同じような軍服を身にまとっているが、彼の略綬はオーランドのものより少なく、また、控えめなものだ。


「やっぱり若いけど様になるな。騎乗のご挨拶は」

「皮肉ってるつもりか?」


 この身分を、と首を傾げて見せるオーランドに、徒歩で出勤中の少し階級の低い彼は鼻で笑って肩をすくめて見せた。


「いんや。みたまんまを言っただけさ。バルシュテイン将軍? うちの出世頭。戦争で抜け駆けしちまうんだもんなあ」

「したかったら首吊りの一つでも命令してみることだな」

「一つじゃねえだろ、万個だろ」

「ちがいねえな」


 鼻を鳴らしてそういったオーランドに、ローレンはじゃ、俺はあっちによるわ。と言って隣町の詰所の方向へと向かっていった。


 そう。

 このオーランド、二つ名を首吊り子爵、という何とも物騒な名前を持っている。

 この名をささやかれることになった戦争のとある出来事によって、オーランドは抜け駆け、といわれるまで昇進を決めたのだった。


 その背中を見送ってオーランドは深くため息をついて、挨拶をする軍人も行き交う人もいなくなったことだ、と並足で歩かせていた馬に合図を送って早足にかけさせる。その時だった。


「おーい、オーランド!」


 イライラと馬を駆ろうとしていたオーランドの後ろを追いかける栗毛の馬。


「ちっ」


 露骨に舌打ちをしたオーランドに気付いているのか、栗毛の馬上には、振り返ってもいないのにさっぱりと金髪を狩り上げた男が親しげに馬鞭を持った手を振っていた。


「……今日も来やがった」


 舌打ちをして、加速させたオーランドを見事追い越して、並走した彼は、イラついているオーランドをエメラルドの瞳で見てニヤッと笑って見せた。


「よ! 相変わらず朝も機嫌悪いな。バルシュテインしょーぐん?」

「お前は相変わらず朝からうるさい」


 地を低く這うような声は、彼と親しくない人ならば、すぐに逃げるだろう。しかし、彼を退散させることはできなかった。


「それが売りでね」


 仲良く馬を並走させて、城内の馬舎まで向かった彼らは、世話係に自分の馬を預けて、軍舎へと向かう。

 廊下を行く二人に、あわただしく行き来していた軍人たちが立ち止まり敬礼を返し、彼らが通り過ぎるのを待ってまた、忙しさに身を投げる。


 二人は、この軍の将官であるのだ。

 本当であれば、平の軍人と同じように馬で出勤ではなく、貴族のように優雅に馬車で出勤が許されている。しかし、二人とも馬車は嫌いだといわんばかりに、あえて平の軍人と一緒に出勤している。


「オーランド、これから、いいか?」

「あいにく……」

「じゃ、午後」

「帰る」

「じゃ、昼!」


 夜勤明けの軍人や、交代の軍人、出勤してきたモノ、それぞれが忙しそうに行き来する軍舎の中、血圧の低そうな気だるげな低い声と、明るい声が交互に行き来する。


「どうせお前のことだ、面倒事を押し付けるだけだろう」

「んー、まあ、そうっちゃそうだけど、ちょっと真面目に話したいこともあるかな……?」


 柔和な笑みを浮かべた人懐っこい頬骨の高い顔立ちに、どこか真剣なものを乗せた年上の同期の彼に、オーランドは深くため息をついて、さりげなく、指でまっすぐ自分の執務室へと行くように示した。


 その返事に、にっと笑った彼は、オーランドと別れて、上へ向かう。一度彼自身の執務室へ向かったのだろう。


「……」


 ようやく静かになった廊下にため息をついて、カツカツと、革靴の踵の音を響かせて歩いていく。


「ば、バルシュテイン准将」

「なんだ?」


 呼び止める声に振り返り、オーランドは部下の報告をその場で聞いてうなずく。


「その判断で間違いない。よく対応してくれた」

「いえ。滅相もございません」

「バルシュテインを名乗っているが、本家とはほとんど縁を切っている。本家を名乗るものは本家に突っ返して構わない」

「かしこまりました。……しかし、あんな方が……」

「まあ、……そうだろうな」


 肩をすくめてどこか白々しくそうたオーランドに呼びかけてきた部下の一人は痛ましそうな表情をした。

 その表情を見て、オーランドは、お前が気にすることではない。迷惑をかけたな、とねぎらい、肩を叩いてから通常の職務に戻るように伝え、敬礼して踵を返す彼の背を見送った。


 つい、6年前まで、この国は内戦状態にあった。


 その時を思い出しながらオーランドは一人ため息をついた。その功績によって、今、彼はここにいる。


 バートラムも、この軍舎の中で忙しく働く誰もが、その功績を取り立てられ、仕官され、尉官になった、佐官になった者たちだった。


 そんなつまらないことを考えながらオーランドは執務室に向かう。途中部下とすれ違い、不機嫌そうに挨拶を交わす彼はいつも通りの姿。


 二つ名として、オーランドは、首吊り子爵の名で呼ばれている。これも内乱を見越して国を奪いにやってきた侵略軍から防衛するための戦争での出来事で呼ばれるようになった。

 先ほどのバートラムも、戦争での出来事で二つ名を持っている。それも、軍人というよりは謀反に向かう貴族をまとめ上げ、離れた貴族を始末した、いわば実力行使が過ぎた政務官じみた出来事で、だ。


 だが、オーランドは、相手の出鼻をくじいただけ。

 バートラムほど、国のためになる首級を上げたか、といわれると、首を傾げざるを得ない。

 あくまでオーランドは、吊るして躯の数を増やし、これ以上ないほどショックを与えるために、森のいたるところに躯をぶら下げて相手に見せつけただけ。


 ただそれだけで国の危機が救えただけで、将軍までの出世街道を突っ走ることができたのだ。


 何が起こるかは、誰にも分らないことだ。


 戦争を経験したことのない若い部下にその時の話をしてくれとせがまれたとき、オーランドはよくそういっている。

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