2、
「いうな」
ひどく真剣な目でそういったオーランドの気迫にバートラムが口をつぐみ、唇の端を軽く噛んでうなずいた。
「いつか聞いてやるからな」
「時期が来れば」
殺気をため息とともに鎮めて、後ろに数歩下がる。
「今はやりの壁ドンか」
にやと笑ったバートラムに、オーランドはすっと目を細めて手を一閃させた。瞬間、バートラムが手に仕込んである短剣を抜いて、飛んできた針をはじき落とす。
「うっわ、麻痺薬塗ってあるよ。趣味わりいな」
「一手で無効化できるいい道具だ。それだと即座に判別できるお前も性質が悪い」
「だって、俺だもん」
そういったバートラムにオーランドは目を閉じてもういいと片手をひらひらさせた。
「寝てるところ悪かったな」
にやっと笑ったバートラムにオーランドははっと顔を上げて彼をにらんだ。その顔に、バートラムはいたずらが成功したような子供のような顔になった。
「お前っ!」
「午後休暇申請とっといたから帰れよー。お前の筆跡に似せたから今頃通っているはずだ」
「勝手なことするんじゃねえっ!」
「死にたがりは町でも歩いておとりになってろってことだ。とっとと帰れ」
バートラムの言葉にもう一度ナイフを飛ばそうかとすると、ぱたんと閉じた扉が目に映った。さすがに貫通させるのも気が引ける。
「くそ……」
そうつぶやいたオーランドは上げかけた手を振りおろし、そして、間もなく休暇申請が通ったことを知らせる部下がやってきたのを見て、早めの帰宅の道についたのだった。
馬をトロットで走らせて、オーランドはふと気が向いた市場に向かった。
少し寄り道はいいだろう。
そう思いながら、馬を預けて、趣味でやっている、薬草の調達先へ向かう。
その時だった。
人ごみの中から、凛と耳に響くオーランドを呼ぶ声が聞こえたのは。
「旦那様!?」
町の往来の中、確かに聞き覚えのある声が聞こえて、オーランドは振り返った。しかし、あたりの人を見ても、見知った声の持ち主が見当たらないことに気付いて首をひねる。
「旦那様、警邏のお仕事ですか?」
真下から声が聞こえることに気付いて見下ろすと、そこには、シャナが外出用のメイド服に着替えて両手に荷物を持っていた。
「買い出しか?」
「はい。食料品は皆さんにお任せして、私は日用品の買い出しを。旦那様は……その?」
「いや、……同僚に体調が悪いことを見抜かれてな。とっとと家に帰れと軍舎をたたき出されてしまった。……そこの薬草屋によってからおとなしく帰ろうかと思って」
「そんな。大変!」
「そう悪いわけじゃない。寝てれば治るようなものだ。早めの帰宅になるのを屋敷の皆に伝えておいてくれるか?」
「はい! では、失礼しますっ!」
そういって人ごみの中をかけようとする彼女に、オーランドは、腕を掴んで引き留めていた。
「え? ……だ、旦那様?」
戸惑ったような彼女の声に、オーランドは自分が何をしたのかに気付いた。
往来は、つながれた二人を邪魔そうに見て、さっさとよけている。
「あ、いや……。……俺の周りがいろいろ物騒になっている。気をつけろ。一人で行動するのもつつしめ」
なぜ、彼女の手を掴んだのかわからないまま、つかんだ情報を彼女に教えると、シャナは、目を瞬かせてこくりとうなずいた。
「はい!」
元気のいい返事に手を離して、オーランドは人ごみに消えていった小さな背中を見送っていた。
「何やってるんだか、俺は」
するりと回った細い手首の感触が手のひらに残っているような気がして、オーランドは自分の手のひらを見て深くため息をついた。
「……」
ちらりとなじみの薬屋の店主が、オーランドに気付いて手招きをする。それを見て、シャナの感触を忘れるように頭を振り、そして店に入り、じっくり見て季節の薬草を、精油を買って、屋敷に戻った。