2、
「ちがう、俺じゃない! 俺は何も知らないんだ!」
オーランドの執務室の水差しに毒が盛られて一週間後、その首謀者とされる男が逮捕された。
新しい軍服に身を包んだ、腹の出た中年の男を押さえこんで、やすやすと罪人護送用の鉄の馬車にいれたバートラムは、御者席に身を潜めているオーランドを見た。
「乗れ」
「ああ」
まさか、そこに座っているのが将軍だとは思わないだろう。
それも、王国が誇る三指の槍、とも謳われるオーランドだとは。
バートラムに無礼な口調で指示したオーランドに、突っかかりに来ようとする軍人がいたが、バートラムが乗り込んだのを見たオーランドがすかさず馬車を飛ばしたため、無駄な混乱は起こらなかった。
「どう見る?」
がたがたと道を進みながら、バートラムがポツリとつぶやいた。その言葉に、オーランドはため息をついて口を開いた。
「私偵を使って調べているから何とも言えないが、手口は俺が実家にいた時と同じだ」
「実家にいた時?」
「……俺は確かに嫡男だが、継母が来てな。疎んじられているんだ。あれのせいで、俺は、爵位を継ぐことができなかった」
「どういう……」
通常であればあり得ない事態にバートラムがうろたえた声を出す。その声を聴きながらオーランドは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「あれのドラ息子に行くように画策していたらしいが、バカの意志を読んでいた父上は、とっさに、自分の弟に、つまり、俺の叔父上だな。そこに位が行くように計らって、死んだ」
「……」
「継母に、正式な立場に立つことはおろか、ドラ息子の将来を危うくさせると、命を狙われてきた。餓鬼の時分から、な」
「よく生きてこられたな。お前、毒の耐性は……?」
ようやく立ち直ったのか、そう質問を返してきたバートラムに、オーランドはちらりと真剣な目をしているバートラムを見る。
後ろからまだ、抵抗する声が聞こえるが、二人には聞こえていないようだ。
「ない。薬で多少強いという程度だが、王族ほど訓練していないからな。耐性というものはない。解毒剤の知識は前からあったから、それと、あと、おじいさまがせめてとつけてくれた護衛がいつも守ってくれていた」
親父や叔父が当てにならないということは爺様がわかっていたようだったと肩をすくめたオーランドにバートラムは顔をひきつらせた。
「……じゃあ、お前が実家を継がなかったのは継げなかったという理由で、寄り付きもしないというのは……?」
今聞いたことを要約して、さらに質問を飛ばすバートラムにさすがだとつぶやきながら、オーランドはうなずいた。
道はまだ、がたがたと揺れ、馬も走りにくそうに地面を蹴っている。
こんな事態でなければ、散歩もいい陽気だ。
現実逃避気味にオーランドは考えながら、近づいてきた王城を見やる。
「婆に会いたくないからだ。自ら争いは招きたくない」
思い出した顔と、そして、毒を食らった時のタイミングを見て、オーランドの中では首謀者は彼女で決定している。ただ、その足がつかめないのだ。
「さすがにそこの分別はついているものさ。……そうじゃなくとも、招かれざる客は金の無心にやってくるからな」
「は?」
「……叔父上に相当の節制を強いられているようでな、俺のところに集りに来る。叔父上にはそれとなく言っているのだが、功を奏していない」
「……マジかよ」
「マジだよ」
揺れる馬の尾とこんな話題でなければ心地よいほどのさわやかな五月の風。
オーランドは気が滅入ったようにため息をついた。
「今日、飯食いに行こうや。おごる」
「愚痴るつもりはなかったんだがな……」
苦笑交じりにそういったオーランドに、バートラムはくしゃと笑って丸まった背中をたたいた。
「なんか、変なやつだと思ったら、ただ難儀なやつだったんだなあ……」
「それがなくとも、十分変人の自覚はある」
「あったの?」
「ああ。それぐらいはな」
背もたれに背中を預け、そして、鉄の馬車の中で声の限り叫んでいる囚人に、オーランドは目を細めた。バートラムも、それに耳を傾けて、イラッとしたように、作り笑いを浮かべた。
「さあ、どう〆ます? 旦那」
「無論、光を閉ざす」
そういったオーランドの言葉に、バートラムがぱちんと指を鳴らした。すると、ひとりでに馬車のわずかにあけられていた窓が閉まり、一切の光を中に通さない構造に代わった。
「ほれ、馬鞭」
片手に持っていた馬鞭をバートラムに放り投げてよこしたオーランドが、目で指示した。それに、バートラムが楽しそうに笑う。
「やっぱいい性格してるよ。お前」
そういったバートラムにオーランドは何も言わずに、前を見て操縦に専念し始めた。
そして、王城の囚人の収容所につくころには、囚人はうんともすんとも言わなくなっていた。さすがに心配したオーランドがのぞくと、がくがくと震える囚人を確認し、バートラムに目で合図していた。
「もっとやれ」
「お前、鬼畜だな! 俺より鬼畜だぞ!」
自分の通り名にちなんだことをいうバートラムに、オーランドは返された馬鞭の尻のほうを思い切り馬車にたたきつけた。ごん、と鈍い音とともに、囚人の声にならない悲鳴が響く。
「やるかやらねえか、どちらかだ」
まるで、どちらが悪者なのかわからない低いそのセリフは、オーランドの柄の悪い外見によく似合うものだった。この口調で軍服さえ着てなければ、本職に間違われること間違いない。
「……」
おとなしく馬鞭を手に立ち上がったバートラムが、馬鞭でまたいじめ始めたのを見てオーランドは、手綱を捌いて王城へと入った。
そして、すっかりとわなわなと震えながらおとなしくなった罪人の収容を任せ、馬車を渡したオーランドは、腰に剣を佩いて執務室へ戻って行く。