とある執事の回想
そして、護衛の任は、彼に任せ、秘書の役割を引き継いだのは――。
「おい、ジャック」
「なんですか?」
ある日、珍しく、軍舎から馬車で帰るという鳩をもらったジャックが、軍舎の馬車の待機場でオーランドと、その後ろに控えている少年を見つけ首を傾げる。
「こいつにお前の仕事の引継ぎしとけ」
「……貴方が見つけてきたわけですか」
「俺が扱いやすい奴をな」
「……」
オーランドのお世話、とよく言われる、傷病休暇を無視して出勤したオーランドを回収する仕事ができない、ていのいい部下、といったところだろう。そこで、ようやく、オーランドの荷物を持ってこわばった顔をして控えている少年を見た。
赤茶色の髪をさっぱりと刈り上げて、自分の瞳と比べれば少し色の薄い琥珀色の瞳が、おびえたようにジャックを見上げる。そのそばかすが愛嬌の見覚えのあるその顔に、ある面影がすぐにダブった。
「……ッ。ルネ?」
驚いて、声がかすれたジャックに、オーランドがニヤッと笑う。少年はというと疑問符を頭の上に浮かべたような、ぽかんとした顔でジャックを見て、そして、何かを思い出したかのように目を見開いて口をパクパクと開け閉めをした。
「ジャック、にいちゃ……?」
かすれて詰まった声に、ジャックは手を伸ばして、自分とよく似た髪をくしゃりと撫でた。昔は埃っぽく硬かった髪は、今はやわらかいものになっている。オーランドの影響だろうか。ふわりと風が吹くと香草のさわやかな香りがした。
荷物を持ったままぶつかるように抱き付いてきた、大きくなった弟の姿に、ジャックは抱きしめて、恨めし気にオーランドを見た。
「どこまでお節介なんですか? あなたは」
「……言っただろ。連れてってやる。って」
子供の時の言葉を忘れていないらしいオーランドに、ジャックは何とも言えなくなってえぐえぐ、と年頃の少年らしからぬ、童心に返ったように声を上げて泣いている弟をなだめるように頭を撫でながら、ぼそりと、つぶやいたのだった。
「……クソガキ」
「いくらでも言えばいい。そんなクソガキもここまででかくなってきた。……今まではらえていない賃金のカタだ、素直に受け取れ」
そういって、オーランドはさらにポケットからカギと住所の書かれた紙を渡した。
「こいつの住所。えーと、あれだ。こいつの姉貴、お前の妹だな。とボケた母ちゃんも一緒に保護してある」
「……あのスラムから連れ出したと?」
「ああ。衛生状態が悪かったからあそこ全部ぶっ壊して、新しく整備してるんだ。貴族院にゃあ相当渋られたが、ああいうところから訳の分からねえ病気が流行るんだって脅してやったらすんなり通ったぜ」
「……」
例えば、黒死病やら、天然痘やら、とえげつない病気を羅列し始めたオーランドに、やっていることはいいことなのに、手口は悪党のやり方そのものだ、とジャックは何とも言えなくなって、閉口していた。
「あなたはいったい何をしようとしているんですか?」
近頃の、国全体のことを考えて貴族として働き始めたオーランドに、そう質問をぶつけると、オーランドは、ふっと深い表情をしてルネをちらりと見た。
「なに、大したことじゃあない。今の陛下のため、国の安定を、俺ができることで目指してみるだけさ」
「それがそれ?」
「ああ。俺の強みはそこだろう」
はっきりとそれを自覚している、受け入れている、と言いたげのその目にジャックは目を見開いて、そして、苦笑を返した。
「成長しましたね」
「いつまでも、クソガキのままじゃあいられんってことだ。こら、ルネ、男の胸でいつまでも泣いてるんじゃない。ソッチに疑われるぞ」
「ぎゃっ」
ぱっと身を離してきょろきょろと見回したルネに、ジャックは改めてその頭をがしがしと撫でてやった。
「さて、そろそろ屋敷に帰りますよ、新入りさん」
その言葉に、ルネははっとジャックを見て、そして目じりを赤くさせながらも笑った。
「これから、よろしくお願いします。先輩?」
ほっと笑うような、そんな顔をしたルネに、ジャックはくすぐったいような微妙な顔をして笑い返すのだった。