とある執事の回想
「おい」
「なんだ」
ぐったりとギルに体を預けて面を伏せたオーランドに、ジャックは呼びかけていた。
「本当に、俺を雇う気があるのか?」
「なければ言っていない。給金は俺が大人になってから請求してくれ。今、自由にできる金がほとんどない。飯と衣服、住み込みの条件だが……」
「十分だ」
「交渉成立だな」
「オーランド様!」
「いいだろ。ギルの負担も減るし、聞いたところじゃ、凄腕の影なんだろ」
「……それなりだ」
「謙遜だろ。パッとナイフで生首作って手土産にできるやつのどこがそれなりなんだ?」
「……」
その場にいたかのような言葉にジャックの顔が引きつるが、ギルがパッと目を輝かせるのを見て遠い目をした。
「ずいぶんとご立派で……!」
ぜひともその妙技を教授願いたいと、熱く言うギルに、ジャックはひきつった顔のまま一歩下がった。
「まあ、そんな感じだ。ギルさんだったか。よろしく頼む――」
――そんなこんなで始まったオーランドの世話係兼護衛の仕事は、もうそろそろ、終わろうとしている。
「……連れてってやる、か」
最も死へと近づいたあの寸前吐かれた言葉と、その目は、今でもジャックは忘れられない。子供らしからぬ、それでいて、とても人間臭い、必死に助けようとしている男の顔だった。
「……。妹の代わりにしてるつもりはなかったんですけどねえ」
そういって今までありがとうと、手渡された細い細工のタイピンを手の中で転がしてジャックは苦笑する。
シャナが浮浪の身になった時、探し出して、陰ながらの保護をしていたのは、ジャックだった。
ちょうど、戦争の時期とかぶってオーランド自身この王都に不在にして、なおかつ、少し後ろ暗い組織がシャナのことを狙っていたために、適任だろうと、まとまった金とともに仕事を言い渡されたときの絶望は忘れられないな、と苦笑する。
「……まあ、いいか」
やせ細ってボロボロだった少女が、今や世界で一番幸せな花嫁となるのだ。苦労も報われる。
そうつぶやいて、ジャックは、タイピンを大切にしまって、自分の後を、特に護衛の件をだれに任せるか、と考えながら寝床につくのだった。
その答えが、簡単に出たのは、それから数日後のこと。
ひょっこりと、やめてきたわーとジャックの私室に現れたかつての頭領の姿に、ひと仕事終わって着替えていたジャックは、悪魔のような笑みを浮かべていたという。