とある執事の回想
「傷を移す?」
オーランドの侍従、ギルが顔を上げてジャックを見上げると、ジャックはそっぽを向いて自分の着ていた服を脱いで背中をさらした。
「そのガキが刺された場所を確認してみろ」
はだけたままジャックがギルの手からオーランドの軽々抱きかかえて、服を脱がせるのを手伝い、背中を確認させるとギルは目を見開いた。
二人でいるときはわあわあと文句しか言っていないようなオーランドが、宙づりの状態では背中が痛むらしく、ジャックの肩に手を置いてしがみつき、借りてきた猫のようにおとなしくしているのが、ジャックには面白く思えた。
ちらりと見ると、オーランドは目を閉じてぐったりと顔を伏せていた。まだ、毒が抜けきっていないらしい。
我慢強いことだな。とジャックはため息をついてギルが息を呑むのを聞く。
「これは……っ」
オーランドの着ていた服は、血で湿っていて、肩甲骨の間、背骨に沿って左側に刺された穴が開いている。だが、その背中は、白く滑らかな肌にすっと通った背筋があるだけで、傷があった気配すらなかった。
その代わりというように、ジャックの傷だらけの背中の同じところ、ちょうど心臓の裏側を刺すように傷があった。今は、フードの男に傷を魔術で癒してもらったために薄皮が張っている状態だが、背中が血で湿っていた。
それが確認できたギルを見て、ジャックは、オーランドを抱え直して支えてやる。片腕で抱きかかえられる彼の体は、年頃の少年よりずっと細いだろう。
ぐったりと頭を肩に預けてくるオーランドに、ジャックはそっともう片手で髪を撫ぜてやる。そろそろと、詰めた息が吐きだされるのを片耳で聞きながら、ジャックはギルを見る。
「さすがに刃に塗ってある毒は移せない。この人ならその毒を抜くことができるから連れてきた」
「……でも、傷を移すとしても」
「そいつ、内臓左右逆転してる……」
ジャックの腕の中で、弱い声が聞こえた。
はっとオーランドを見ると、目を閉じて苦しそうに顔をこわばらせていた。
オーランドのその言葉は、暗殺者としてのジャックの最大の強みでもあった。そう簡単に明かされてかなわない。
睨んでおくと、薄目を開いたオーランドはひょいと肩をすくめて、すぐに顔をゆがめた。
「坊主、まだ苦しいかい?」
「……ああ。もう少し抜いてくれると助かる」
「そうかい。じゃあ、侍従さんよ、ちょいっと主さんの体、俺に預けてくれないかい?」
フードの男がジャックの手にあるオーランドに手を伸ばすのにギルが迷うが、ジャックがうなずくのを見て、渋々といったようにうなずき返した。それを見てひょいと抱き上げたフードの男がおっ、という顔をしてオーランドを見た。
「君も不思議な魔力をしてるんだな」
「わかるのか?」
「ああ。そこのジャックも不思議な魔力をしているんだ」
「……だから傷を移せる?」
「そう。俺はちょいっと神の加護を受けたからこんな芸当ができるんだ。まあ、暗殺者、後ろ暗い男が神の加護を受けてるだなんて、加護をくれている神様はどんな邪神だって話なんだがな」
「助けてくれるもんはいくら利用してもいいだろ」
ぐったりとフードの男に体を預けたオーランドが鼻を鳴らしていうのに、彼は、面白い子だなと笑って毒を抜いていく。
「あとはいい。肺の傷は面倒だ。そいつを癒してやってくれ」
「あいよ、ぼっちゃん」
笑ったフードの男はギルの手にオーランドを渡して服を直しているジャックの背中をばんと叩いた。