1、
「あ、シャナ!」
「どうしたんですか?」
書店員の言葉を思い出して、知らない振りをしてそこかそわそわとしているメイドや執事を見やる。
「どうしたもなにも。旦那様がベッドから抜け出して、どっかいっちゃったのよ!」
「え……?」
「今日まで休暇で、休ませておけってバートラム様も言っていたのに」
「そう、だったんだ。で、旦那様、まだ……?」
「そうなの。みんな出て探してるんだけど……!」
と、聞こえてきたのは馬の蹄の音。
ぱっと全員が外を見て、やがて見えたオーランドの姿に、がやっと沸いた。
「人の気も知らずに!」
「おーい、ジャックよんでこーい」
「ジャックー!」
まるで伝言ゲームのようなその会話を聞きながらメイドは出迎えに、執事はジャックを呼びにでていく。
「お帰りなさいませっ」
「出迎えご苦労」
さりげなくシャナに本を渡し、部屋に持っていけ、というオーランドに、うなずいて、シャナがその場から離れる。
そして、後ろから聞こえてきたのは、ジャックの怒声と、散り散りになって逃げるメイドの悲鳴。
「……」
がみがみと怒り続けるジャックと気まずそうにしているオーランドを振り返り、シャナは、何事もなかったかのようにオーランドの私室に、オーランドの分の本と薬草を置いて、自分の薬草を部屋に放り入れたのだった。
そして、二人で出かけた、数日後のある日のことだった。誰もが寝静まった頃、シャナの部屋をオーランドは訪ねていた。
「オーランド様?」
「忘れもんだ」
そういって渡されたのは、一冊の本と、きちんと包装されたなにか。そして、ひと束のハーブ。
「これは……?」
「オレの私物だがやる。ガキの頃に読んでいた本だ。それと、このハーブは、若干眉唾なんだが、香りをかぐことによって記憶力の向上が見られるそうだ。良ければつるしておきなさい。……あと、これなんだが、布を……」
「布?」
「サシェを、作っていただろう?」
その言葉にハッとして飛び上がると、オーランドは少し言いづらそうにそっぽを向いた。
「切れ端で作ったにしては、見事な出来だった。だから……。もっと良い布で作ってごらんなさい。そのための、布だよ」
ハーブもたくさん貰っただろう、と付け加えていったオーランドに、シャナは、目を見開いていた。
「あ、ありがとうございます!」
シャナは、断ることもなく、素直にオーランドから手渡されたものを受け取っていた。うれしそうなシャナの顔に、オーランドは、そっと、シャナのちいさな肩に手をかけた。
「きちんと覚えれば、キミのためにもなる。がんばりなさい」
励ますような言葉に、弾かれたようにオーランドを見上げると、彼は、深い目をしていた。
「は、はい」
こくんとうなずいて、部屋に引き上げていくオーランドを見送って、まだかすかに残るぬくもりにあわせるように本を持ち、ハーブの束の香りをかいだ。
「あ、旦那様の香りだ……」
ポツリとつぶやいて、ふと表情を緩めたシャナは、言われたようにハーブをつるし、本を読み進めはじめた。そして、日が明けるまで読んでしまい、翌日の業務に支障をきたしてメイド長に怒られたのだった。
気になった方はハーブでググってみてください。