とある執事の回想
それから、数週間。二日置きにオーランドがやってきては、傷の状態を診て、そして、問題ないことを確認しては、ジャックの鈍りを取るがてら護身術を教えてもらうということをして、過ごしていた。
「飲み込みはさすがに良いな。ガキだからちょこまか動かれるのがすごくうっとおしい」
「ガキで悪かったな」
「ガキでいいこともある。大人よりずっと体が柔らかいから対応も素早くできる。まあ、体重が軽いから反撃をしてもあまり重くない攻撃になってしまうのは悪い点だ」
「……」
舌打ちして、不貞腐れたようにそっぽを向くオーランドにジャックはふっと笑って、汗に濡れたやわらかい髪をがしがしと撫ぜる。
「もう二年もしたら少しは体も出来上がるだろう。それからはあっという間に大人の体になる」
「……そこまで持たないかもしれない」
「……え?」
「……ギルも、……俺の世話をしている執事も言っていた。これ以上金を使われて強い輩を雇われては、老体には堪えると。爺さんの時代からの執事、引き抜いた元軍人で、体を鍛えているとは言えどももうあれも十分老人といってもいいぐらいの年だ。早く、自分の身は自分で守れるようにならないといけない」
追い詰められたようにそういって、ジャックをにらみあげたオーランドにジャックはため息をついた。
「俺は、影だ」
「……。それがどうした」
「そろそろ、出ていかないと、お前にも俺への刺客が降り注ぐかもしれん」
「……命を狙われているのは変わりねえ。むしろ、もういっそ、死んでもいい」
寂しい笑みを浮かべてオーランドが言うのに、思わずジャックは張り手を飛ばした。
「いってえな。何しやがる!」
赤くなった頬を押さえてにらむのに、ジャックはそののどをつかんでぐっと握りしめた。
「死にたがりに教える護身術はねえぞ。クソガキ。いいか。護身術っつーのは自分で自分の身を護るのが目的だが、死にたがりを守るための術じゃねえ。ふざけたことを言うぐらいならこのまま絞め殺してやろうか?」
成長しきっていないひょろりと長い首は、ジャックの手で十分締められるぐらいだ。
ためらいなく締めたジャックは、ぐっと力のこもった目で睨むオーランドの顔がかすかに歪み、赤らんで、それから、青ざめていく様をじっと見ていた。その間、もがくこともせずに、オーランドはジャックをにらんでいた。
これぐらいの死に近い場面は慣れている、といわんばかりの、鋭い視線がジャックをまっすぐ見つめている。
「このまま」
オーランドの口がそうつぶやいた。声は出そうとしていない。相手が読唇できるとにらんでのことだろう。
「このまま、いて、まわりにまできがいをくわえるぐらいなら、しんで、……しんで、いなくなったほうがましかも、しれんな」
苦し気に体を震わせながら、力を失わない目でにらみながらそういうオーランドに、ジャックがさらに力を込めた。
痛みか、苦しみなのか、ぐっと顔をゆがませて目を閉じ、びくり、と震えてオーランドの体の力がすとんと抜けたことに、ジャックはようやく手を離す。
ばたり、と床に倒れ伏し、そして、その衝撃にせき込みながら息を吹き返したオーランドをジャックは何も言わずに見下ろしていた。