とある執事の回想
「おっさん。代金を要求したい」
「てめえが勝手に治したんだろうが。新手のぼったくりか」
いきなりこの言葉に毒づいてオーランドを見ると、とても金を要求しているように見えないまっすぐな目をしていた。思わず口をつぐむと、オーランドは子供の顔には似つかわしくない切羽詰まった表情で重々しく口を開いた。
「このクソガキは、今、命を狙われている。自分の始末も一人でつけられないクソガキには、お守りを買う金もない」
「……」
その言葉にジャックは黙りこくりオーランドの頬についている擦り傷を見る。襟口からは青あざも見え隠れしているのだ。
本当に何者かに命を狙われているのか、とジャックは小さくため息をついた。
「身を護る術を教えてくれ。アンタ。その手の荒い稼業の人間だろ。ナイフの使い方の基礎でいい。剣はこの体じゃ扱えないことはわかっている。だから……」
切羽詰まったように力を求めるその様子にジャックはその瞳を見据えて口を開いた。
「ナイフも甘く見るな。そんなひょろい腕じゃ、振り回されて終わる。だったら、避けて逃げるすべを身に付けたほうがよっぽど現実的だ」
「じゃあ、教えてくれ」
「……怪我が治ったらな。それぐらいならやってやら」
鈍りを取るのと一石二鳥だというと、ほっとオーランドの表情が緩まった。その表情にジャックは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「そんなにやばい状況なのか? バルシュテイン家は」
「ああ。くそ親父が女に腰を振ってる間に叔父貴が出張ってきてな。それと、親父がうつつ抜かしてる女にも連れ子がいてな。嫡子のあれも順当に来ないかもしれない。いや、親父のところからなのか、それとも叔父貴のところからなのか……、刺客もたまに送られてくる」
「どうやって生きてきた?」
「幸いにも死んだ爺さんが有能な執事に言いつけてくれていたおかげでな。何とか生き延びてこられた」
爺さんは自分の息子たちがそろいもそろって無能でろくでなしだっつーのはわかっていたらしい、とちらりと外に視線を向けたオーランドにジャックは同じ方向を見て気配を探る。
「有能な執事ってんのが外で馬車の御者やってる爺さんか?」
「ああ。俺の世話は彼しかしていない。……軍学校に行ったら独立してやる。あっちの家はつぶれればいい」
「爵位はどうなる」
「そんな面倒なものはほしい奴にくれてやれ。もともとバルシュテイン家は爵位なんてなかった古い家だ。先代陛下が妙なもんよこすからこんなことになったんだ。受けるんじゃなかったと爺さんが言っていた」
鼻を鳴らしてそういったオーランドは小さな手を見下ろして歯噛みした。
「ガキの自分が忌々しい。自分を守るすべも持たないクソガキが」
呪うような低い言葉にジャックはすっと目を細める。一度、聞いたことのある言葉だった。
「あまり力を求めすぎて、身をおとすなよ。クソガキ」
「……経験談か?」
「……」
見上げるオーランドにジャックは何も言わずに立ち上がると背を向けた。
「寝巻も貸してくれ」
「裸じゃ寝られねえか? 粗末なもんモロ出しじゃ」
「ガキの下ネタには付き合ってらんねえな」
と、あしらうと、オーランドは鼻を鳴らして立ち上がり、どこかからバスローブを引っ張り出してきてジャックの頭に投げつけた。振り返らずに片手で受けたジャックにオーランドは鋭く舌打ちをして、そして、切り替えるようにため息をつくのだった。
「まだ風呂はだめだ。清拭なら大丈夫。四日たって、抜糸が終わったら風呂にでも入れ」
「そうする」
そして、別邸を出ていったオーランドを横目で見送って、ジャックは深くため息をついた。