とある執事の回想
それから、二日置きにオーランドはこの別邸を訪れては、ジャックの傷の状態を診て、軟膏を替え、手当てをしていった。
そして、一週間も過ぎたころには、ジャックは普通に起きあがって、中を闊歩するまで回復していた。但し書きをつけるとすれば、人がいないことを良いことにして、全裸でぶらぶらと窓際は避けて屋敷の中を歩いていた。
「おい、粗末なモンぶら下げて歩いてんじゃねえぞ。恥を知れ。おっさん」
「自分のと違ってショックだったか? クソガキ」
ひどい言葉を吐きながら邸宅からかっぱらってきた、という執事服を投げつけたオーランドが、うるせえ粗チン野郎、などと憎まれ口をたたきながらジャックが着替えるのを待つ。
「俺を雇うつもりか?」
「全裸で外に追い出してもらいたいか? 着ていた服はきったねーし臭ぇから処分した。お前が戻れると思った時に元いたところに帰ればいい。もししくじって無職なら雇ってやってもいい。……まあ、俺は親父との仲は最悪でな。もしかしたら家督は継げんかもしれんが」
「貴族様の嫡男が?」
ボタンを留めながら皮肉るようにそういったジャックに、オーランドは気にした風もなく鼻を鳴らしてうなずいた。
「ああ。くそおやじは俺の継母になりそうなくそ女にうつつ抜かしてやがるからな。一応武家の一門だ。軍学校までは通わせてやるがそのあとの援助は期待するなとはっきり告げられた。……つまり、うつつ抜かしてる女の息子に家督を譲って、俺は自力で身を立てなきゃならん。……それでもいいなら、待ってくれるというのであれば俺のところに来ればいい」
そういったオーランドがふっと外を見て、視線を揺らした。
「貴族様のおうちも一筋縄にはいかねえのか?」
「親父がバカだと苦労する」
「身に付けた医術は一人で生きていくためか?」
そこそこ動きやすい格好だ、と腕や足を動かしながらそういうと、オーランドはそっぽを向いた。
「もともと持ってたもんだ。ここで教わったもんじゃねえ」
「……もともと?」
「……あー、もう、別にいいや。前世の記憶があるだけだ。俺とは違う人の記憶がある。それがたまたま医者だった。それだけだ」
「……ふうん」
やけに大人びたオーランドの物言いを納得させるその言葉にジャックは、そっぽを向いて言いたくなさそうに言ったオーランドにわざと気のない返事を返した。後ろ暗いところにいるジャックにはこの手の話は珍しいものではなかった。むしろ、自分と同じくちか、と納得してため息をついた。
「反応薄いな」
案の定食って掛かるオーランドにジャックはひょいと肩をすくめて見せた。
「特殊魔力持ちによくある。ほかのやつにもたまにいる」
「特殊魔力?」
「普通の魔力じゃなくある種方向性の持った魔力があってな。自覚ねえか?」
「……。ある」
「じゃあ、それだ。あんまり使うなよ。神殿の神官に狙われる」
オーランドの座ったソファの隣に座ってジャックは、そっぽを向いているオーランドのその茶色い頭をガシガシと撫でた。
「なにすんだよ」
「なんでもねえよ」
すこししょげているような彼を放っておけなかった。
そういうのも癪だと思いながらジャックは足を組んで、まだ痛む胸の傷を押さえてため息をついた。
「んで? お医者せんせの見立てだと俺はここにどれだけいたら傷は治れる?」
「……ほとんどもう治ってんだろ。安静にしていれば、4日もあれば痛みも引くだろ」
「4日か。ふさがって。なまった体で戻ってもすぐに死ぬのはオチか。あと二週間ほどここを貸してくれ。クソガキ」
「好きなだけ滞在してろ。くそおやじは女と寝るのに忙しい」
「……あどけないガキがそういうのは来るな」
肩をすくめてオーランドはぴょん、とまだ彼には高いらしいソファを降りてジャックに向かいあった。
大人のオーランドより数倍口の悪いクソガキ(笑)
粗チンなんてどこで覚えたんだ……お前、貴族のお坊ちゃまなはずだろ……