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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
幕間
131/146

1章のちょっと後のお話し。

14部まで読んでもらえると、話がつながります。

「バートラム」

「なんだー?」


 オーランドの執務室でのことだった。


「女性が好む布地を売っているいい店、知らないか?」


 オーランドの執務室でサボって紅茶をすすっていたバートラムに突然降ってきた問いかけに、バートラムはほとんど熱湯の紅茶を吹き出して、かかった熱い飛沫に一人で踊っていた。


「気でも触れたか?」


 おとなしく執務をしながらそんな問いを投げたオーランドはというと、バタバタとしているバートラムをちらりと見てわずかに首を傾げていた。


「お前が言うか! お前こそどうした、頭打ったか!」


「……そんなへまするわけねえだろ」


 そういいながら、オーランドは、休暇中のことを話し始めた。


「……暇だったからメイドとデートだと?」

「デートじゃない。買い物に行く先が似ていたからついてっただけだ」

「だから、デートだろ。んで? サシェ作ってるみたいだから、屋敷にある端切れじゃなくて、いい布を買ってやりたいと」

「そういうことだ」


 仏頂面でいわれたそのことにバートラムは顔をしかめた。


 十中八九、オーランドがこの表情のままそういう布屋さんに行けば、かわいらしい布を選んでいた婦人方は悲鳴を上げ、逃げ出し、営業妨害になる。

 いくら軍服が似合っていても、目つきが悪すぎるのは変わらない。

 一瞬でその阿鼻叫喚の図を頭に描きだしたバートラムは、そっとため息をついた。


「わかった。俺が買ってきてやる。サシェに使えるやつだな」

「ああ」


 オーランドから金を預かり、執務室から出たところで、バートラムはふと気づいた。


「くそ、乗せられたっ!」


 外に待ち構えていた部下の姿を見るや否や、バートラムは反対側に駆け出して逃げると、城のほうのあまり知られていない通用門から町へ繰り出す羽目になったのだった。


「……」


 軍服を着崩して、町の中に溶け込んだバートラムは、そ知らぬふりをして自分が知っている限り、安くていい布を売っている店にさらりと入ったのだった。


「わ……」


 女三人寄れば姦しいというか、五人、六人、店の中、わあわあといいながら布を買い求めている婦人方がいた。


 思わず顔をしかめ、背を向けると、さっと陳列ケースに目を向けて、目についたレースと、やわらかいベージュの色をしているリネン、そして、朱子織の裏地の布、合いそうな色の刺繍糸、針を一通りそろえて、店番の娘に渡した。


「休憩ですか?」


「ああ。そうだよ。……少し、友人に買ってやろうと思ってね」


 他愛ない会話をしながら、丁寧に包装をしてもらって店から出る。その時だった。


「やめてください!」


 強い、女性のその声に、バートラムは反応していた。サボっているとはいえこの王都の秩序を守る軍人には変わりない。声の方向に走り出し、すぐにもめているらしい男と、地味な服に身を包んだ、茶髪の小ざっぱりとした少女を見つけた。


「何をしている!」


 腹の底から怒鳴るように言うと、すぐに男は少女を掴んでいた手を離して、雑踏に逃げていく。


「衛兵! 追って行け。ここは俺が!」

「はっ!」


 命令に慣れたその口調に騒ぎを聞きつけた衛兵たちが迷いなく男を追っていく。


「大丈夫かい? お嬢さん」


 呆然としている少女を覗き込んで首を傾げると、はっとした顔をして彼女は頭を下げた。


「ありがとうございました!」


 はじかれたように、といえるぐらいに勢いよく頭を下げている彼女に、バートラムの口元が緩んだ。


「いやいいよ。これが我々の仕事だ。……君は……?」

「あ、シャナと、申します。軍の方ではあれば、その……オーランド様、ご存知でしょうか? オーランド・バルシュテイン様のお屋敷のメイドをさせていただいています」

「オーランドの?」

「ええ」


 穏やかにほほ笑むシャナに、バートラムはふと思い当ったようにニヤッと笑った。


「もしかして、先日、オーランドと街を歩いていた?」

「……っ!」


 バートラムのその言葉に、シャナの顔が真っ赤に染まる。耳まで真っ赤になった彼女にバートラムはにやにやと笑った。なるほど、オーランドがかわいがるのがわかる。そう思ったバートラムは、自分の徽章を見て青くなる警らの軍人に目配せを送っていた。


「ど、ど、どうして、それを……っ!」

「ん? 秘密」


 からかってみたくなったバートラムがそういうとシャナはじとっと恨みがましそうな眼をして見上げてきた。


「まあ、こんなんになっちまったら、買い出しか何かわからんが、屋敷まで送ろう」

「……は、はい……よろしくお願いします」


 ちょこんと頭を下げたシャナと並びながら、バートラムは、何を聞き出すかな、とにやりと笑ったのだった。


「あの……」

「なんだい?」

「なんと、お呼びすればよろしいでしょうか?」


 困ったようなシャナのその言葉に、バートラムは、ああと小さく笑って肩をそびやかした。


「これはすまなかったね。バートラムという。奇しくも、オーランドの同期のものだ」

「……旦那様と並んで呼ばれている、あのバートラム様?」

「ああ。鬼畜のバートラムと呼ばれているけど、俺のどこが鬼畜なんだかねえ」


 にやにやと笑うバートラムにシャナは、きょとんと見上げていた。


「俺の名前などより、君はどうして町に? 買い出しかい?」

「いえ、……その、今日も非番でしたので、旦那様に教えていただいたお店に行ってみようと」

「あれが教えた?」

「ええ。薬草の専門店で、帰りでしたからよかったんですけど……」

「いや、よくもないさ。あれは人さらいだ」

「え?」


 見たことのある手口にバートラムが言うと、シャナが足を止めた。その隙に、荷物を小脇に抱えたバートラムが、シャナの細い腕を取って自分の前に引き寄せた。


「こうやって腕をさらって、そのまま人ゴミに入るんだ。んで、悲鳴を上げようとしたら、こうやって手で口を押えて。男の力は君みたいな女の子、いくらでも抑えつけられるんだよ」


 シャナにそういいながら実践して見せると、彼女は、肩を怒らせたままふるふると震えはじめた。


「ただでさえ、オーランドの近辺が少しざわついているんだ。君たちも気をつけるようにね」


 念を押すように言って、衛兵が手配した馬車がやってくるのをみて、思い出したように手を打った。


「君」

「は? いかがいたしましたか?」

「軍舎のバートラムの部下、ビルに、抜け出してすまん。遅れると言ってきてくれ」

「はあ……。かしこまりました」


 馬車を取り囲んでいた衛兵の一人に言付けて乗り込んで、シャナとともにオーランドの屋敷に向かう。そして、送り届けたのち、馬車を使って軍舎まで戻ると、待っていた部下に両脇を固められて、執務室に強制連行されたのだった。


 町の騒ぎを知らないオーランドは、その様子を見て鼻で笑っていたとか、なんとか。

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