1、
そして、人が増え始めた表通りを歩き、この地域では一、と言われている書店に着いた。
「ここに?」
「ああ。ついてきな」
オーランドは扉を開けてシャナを入れて、独特のしん、とした空気を肩で切るように歩いていき、一人の店員を捕まえて耳打ちした。
「なにを?」
「話のわかるやつを連れてきてもらうだけだ」
奥に引っ込んだ店員が、やがて、奥からオーランドよりは少し年上の男を連れてきた。ぼさぼさの長い黒髪を一つに束ねた彼は、エプロンの裾をはたきながらオーランドを見てあからさまに嫌な顔をした。
「なんの用だよ、オーランド」
「ハーブに関する本、実用書を彼女に」
「なんだ? 女か?」
「うちのメイドだ。ハーブに関して興味があるみたいだからな」
「はーん。ちょっと待ってろ」
そういって彼は、売り物の入っている本棚を歩き回って、4、5冊手にして持ってきた。
「メイドだっつーから、易しめのが中心。医術用のやつに関してであれば、お前が来るはずもないから、それ以外を広く。んで、一冊だけ、ちょっと難しいのも入れておいた」
「いくらだ?」
「銀貨1枚だな」
「ほれ」
ポケットに突っ込んであったらしい銀貨を一枚放り渡したのをみて、シャナはびっくりしてオーランドを見ていた。
「趣味というよりは、うちをよくしてもらうための投資だ。気にするな。その知識で仕事に励むが良い」
抗議しようとするシャナをそういって黙らせ、本を袋につめてもらったオーランドは、荷物を受け取って、本棚を見た。
「後、行きたいところはあるか?」
「え?」
「オレは済んだ。まだ、どこかに行きたいならば、これはオレが持って帰るが……?」
シャナも、薬草を先ほどの老人から山ほどもらって、用は済んでいた。
「帰ります」
「そうか。……でも、今から帰るのもやばいな。荷物はオレが持っているから、適当に街を歩いて、俺が帰ってから、帰って来い」
「え?」
「あの通り、連中は血眼になってオレを探してるからな。俺と一緒にいたら、お前も責められる。ほら、行け」
「でも、荷物……!」
「……本は重いからオレが持って帰る。……そうだな、薬草の束ぐらい持って行って貰おうか」
そういって、薬草の入った紙袋を渡して、オーランドは店から出て行ってしまった。
「ふーん。またあいつ、仕事休まされて、その憂さ晴らしに町に出かけて、執事メイドに迷惑かけてるわけか」
だるそうに、オーランドの背中を見送った黒髪の店員がそう声を上げた。けだるげな雰囲気の、眠たげな眼が、鋭くオーランドを見ていた。
「さしずめ、あんたは、偶然見かけて連れ去られてきたんだろ?」
「……え、ええ」
「んで、このまま一緒に帰ったら、君が執事頭のおっちゃんにとばっちりの大目玉を食らうことに気付いたから、ここにおいて、一人でぶらつこうってことだな。ずるいやつだ」
ボーっと立ちながらすらすらと状況を言いはじめた彼に、シャナは目を見開いた。
「ま、やつの言うとおりにするもよし、ほとぼりが冷めるまで、ここにいるもよし。せっかくのやつの気遣い、無駄にしてやるなよ」
シャナにそういった店員は何事もなかったように煙草をくわえて、火をつけると、煙を後に引きながら店の奥へと引っ込んでいった。
必然的にもうここには用はなくなってしまった。
シャナは、まだ、ぼうとする頭で店を出、適当に市場を見回ってから、屋敷に帰った。