2,
「来たな」
「そのようだ」
笑った二人にシャナは首をかしげて、二人を見た。
「おう、遅れてすまんな」
「兄上!」
オーランドと同じような正装に身を包んだバートラムと、いつもの文官らしいシンプルなローブではなく、軍事国家として大きいこの国にふさわしい、軍服とはまた違うが、軍服によく似た形の、凝っていて動きやすそうな正装に身を包んだセザールがそこにいた。
「あ……っ」
「え……っ」
セザールが、シャナに気づき、シャナもセザールの格好に気が付く。そして、言葉を詰まらせて、かすかに顔を赤らめさっと視線をそらした。
「うっわ、あっつあつ」
「ごちそうさま、というべきか?」
「……とりあえず、兄上、こちらにきたらどうだ?」
「ええ。そうですね」
すぐに立ち直って、いつもの声音に戻ったセザールが、ふっと表情を緩ませ、ゆっくりと歩み寄り、シャナの前に膝をついた。
「お久しぶりです。シャナさん」
「お、お久しぶりです。セザールさん」
片手を取られて指先にかさついた唇が触れる。絹の手袋に包まれた形のいい指は冷え切っている。相変わらず不養生らしいと思ってため息をつくと、セザールは見上げて笑った。
「まさか、今日、貴女がここにいるとは思わなかった」
「申し訳ございません。驚かせたくて」
「驚きましたよ」
寄り添わんばかりのささやきに、シャナは赤面して、隣のオーランドに助けを求めた。
「イチャイチャは食った後にしてくれ。料理人もタイミングを見計らうのに大変だ」
「おや。それは失礼」
さらりと笑って、シャナの手の甲にさらにキスを落としたセザールは名残惜しげに手を放して、レーナートの隣の席について、苦笑を漏らしたバートラムがシャナの隣の席に着いた。
「では」
目くばせを行ったのはセザールだった。
執事が一斉に動き出して、レーナートがワインが注がれたグラスを目線の高さまで上げた。
それを合図に始まったささやかな晩餐に、シャナはそつなく作法をこなしていく。
「きれいな所作だな。シャナちゃん」
「みっちり仕込んでもらいましたから」
ほめるバートラムに、シャナはにこりと口元だけを笑わせて、フォークを口に運んでいく。
「誰が仕込んだんだ?」
「ジャック。あいつ何でもできるからな」
男役から女役まで、と肩をすくめたオーランドも、きれいな所作をしている。
「なんでもって?」
「ナンでもだ」
にやっと笑うバートラムにオーランドもにやりと返す。それを見てきょとんとするシャナと、レーナート、ピンとした表情のセザールがため息をついた。
「その話はあとで詳しく聞きましょうか? オーランド」
「どうせあんたらも探してるんだろうからと、ジャックから言伝も預かってる。帰るつもりはねえだとよ」
「それは……」
「まあ、あいつ自体、シャナの執事を希望してるからな。どうなることやら」
肩をすくめてオーランドが、セザールを見ると、セザールは苦い顔をしていた。
その表情にグラスをあおって琥珀色の酒でのどを潤したが、ふと思いついたようにオーランドはレーナートを見た。
「そういえば陛下、今日はここに泊っても?」
「ああ。そのように手配している。遅くに帰っても朝の執務に障るだろう」
「お気遣い痛み入ります。では、そのようによろしくお願いします」
「ああ。シャナ嬢、味はどうですか? 進んでいないようですが?」
男の話についていこうと巡らせながら食べていると、おろそかになっていたようだった。レーナートが気を回すのに、シャナははっと瞬きをした。
「とってもおいしいですわ。……質問よろしいですか?」
「ええ。どうぞ」
「あなたたち、いえ、セザール様を抜きに何を計画なさっているんですか」
じっとレーナートを見ると、若い面に穏やかな色を乗せて笑った。
「兄が気に入るのもわかるな。なに、最近忙しくしてしまっているからな。息抜きと、俺の分の仕事も兄がやってくれているせいで、兄の具合がよくないようでね」
「……それは、先ほど察せました。手が冷たく硬かったので」
「……手」
思わず自分の手を見るセザールに、バートラムが身を乗り出してその手をつかんだ。
「うっわ。氷の手じゃねえか。よくこんなんで女の子の手とれたな」
「そんなにひどいですか?」
「ひどいどころじゃねえよ」
無自覚なセザールにシャナはため息をついて、レーナートに肩をすくめて見せた。
「まあ、権力の乱用と思ってくれていい。君と会って話すことができれば、兄も元気が出るんじゃないかと思ってね」
「余計なお世話です。レーナート」
「そうか? 少し声に張りが戻ったみたいに思えるが?」
「う……うるさい」
珍しいそっぽを向いてバツが悪そうな顔をしたセザールに、シャナはふっと笑った。
「では、食べ終わった後、お兄様をお貸しください。陛下」
「ああ。存分に堪能してくれ」
にこりと二人で笑いあったシャナとレーナートに、オーランドとバートラムはにやっと笑って、セザールだけ顔をしかめていた。
それから、和やかに会食は進み、食べ終わって、シャナは宣言通り、セザールの手を取って部屋の外へ出て、用意されたシャナの客室へさらっていった。