1、
「ごめんくださーい!」
その声に、オーランドの顔色がさっと変わった。そして、辺りを見回して、店先から見えない位置に移動して小さくなった。
「オーランド様?」
「ジャックだ……」
「え? ジャックさん? どうして?」
「うちの旦那様いらっしゃいませんでしたか?」
その問いかけに、オーランドがびくっと震える。
「あー、どうした? また抜け出した?」
「病気療養中として、軍部の出仕を取りやめている状態なのに、今朝……」
「仕事狂だもんなあ……。あれは? 軍のほうは?」
シャナもオーランドにあわせて身を小さくさせて、店内からこちらが見えないようにしていた。
「いえ。まったくいらっしゃってないと」
「秘密基地」
「いないと」
矢継ぎ早のその問答に、オーランドの顔が強張っていく。
メイド執事総出でオーランドを捜索しているらしい。思わずシャナがオーランドを見ると、いつもの柄の悪さはなりを潜ませて、まるで、かくれんぼをしている子供のように息を潜ませている。
「最終はここか」
「ええ。ここにいらっしゃってなければ、本屋か、あと、どこか店でコーヒーでも飲んでいるか……」
「んー、どうだろ。ここには来てないようだから、本屋にはいないんじゃないか? いつもあいつはここの後に本屋によってそっちに帰るわけだからな。朝っぱらに出てきたんだったらここよりは朝にやってるコーヒー屋にでも行ったほうが良い」
「そうですね。お時間ありがとうございました」
その声と共に扉が開く音と閉まる音が聞こえた。
そして、足音が完全に遠ざかったのを感じて、オーランドは深くため息をついて、元のように席に着いたのだった。
「助かった……」
「おう、助けてやったぞ。坊ちゃんの記念すべき初デートだ、邪魔はさせねえ」
「デートじゃねえっつってんだろうが!」
いい加減からかわれていると思わないのだろうか。噛み付くオーランドに老人はからからと笑ってそして、にっと笑った。
「出口はあっちから。今のうちに本屋行って帰ってやんな。心配かけてる」
「……わかったよ」
追加でハーブをいろいろ買ったオーランドは、指された裏口からシャナを伴って出て行った。シャナも、老人の好意で売り物にはならないもののまだ使えるハーブ類をごっそりもらったのだった。
「あの方は……?」
「うちのバルシュテイン伯爵家の侍医だった爺さんだよ。あの通りだから、もう代替わりはして、娘のほうになっているが、全然元気だからああやって小金を稼いでいるようだ。娘のほうは、……まあな」
「仲はよろしくないのですか?」
その無邪気な問いにオーランドの表情がかすかに強張った。そして、ふっと視線が揺れて目を伏せ、足元を見た。
「方や死に物狂いの勉強をしてようやく医者になれた努力の医者と、何もしていないはずなのに、それよりもはるかに知識が広く深い医者が同じ屋敷にいて仲良くなれると思うか?」
静かな声音のその言葉と、伏せられた視線に、シャナは目を見開いて、頭を下げた。
「申し訳ございません」
「気にするな。……これはオレの業だ。生かすも殺すも、俺にかかっている。オレは、別に万人を助けたいと思うような高尚な人間じゃねえからな。だから、医者にならなかった。やつは、それが許せないといっていた。それだけだ」
ポツリとつぶやかれたその言葉に、シャナはなんの言葉を返せずに、うつむいた。