3,
「いきなり、だな。アーロン」
お茶を渡して、軽食に口をつけるのを見たオーランドは、ゆっくりと口を開いた。
「ん? ああ。何度か会おうと思ったんだが、お前、いつも忙しそうだからさ」
診察台に足を延ばした状態で座って、パンをかみちぎるアーロンにオーランドは肩をすくめた。
「いろいろやってるからな」
「よく聞くよ。バルシュテイン閣下はって」
「医者のほかに学校の先公まで押し付けられた」
「はっ、ひでえな」
「まったくだ。逆らい続けた記憶しかない俺が今や先公だと」
「何があるかわからんよなあ」
「……ああ」
思わずうつむいたオーランドにアーロンが顔をしかめた。
「そういうつもりでいったんじゃねえって」
「お前にはそんな頭はないもんな」
皮肉るように言ったオーランドが肩をすくめてお茶に口をつけるのに、アーロンは深くため息をついた。
「辛気くせえ」
「いつものことだ」
そっぽを向いたオーランドに、アーロンがなにか言いたげに口をもごもごさせてうつむいた。
「ガキの頃はもっとちがかっただろう」
「大人になったんだ」
「……俺のせいだな」
低いつぶやきにオーランドが立ち上がった。
「違う」
「どこがちげえんだ? 俺がお前に死んどきゃよかったっていった後からだろ」
立ち上がったオーランドを見上げてアーロンが鋭く言い放つ。その言葉に、オーランドの表情がこわばって、思わずといったように、顔を背ける。
「……でも、俺がお前の命を救う代わりに、輝かしい名誉を奪ったのは現実だ」
戦争の時に折った傷が原因で、アーロンは退役を余儀なくされた。そのことを若いアーロンが、処置したオーランドを詰ったとしてもおかしくはない。
処置しなければ、将軍閣下の孫息子の栄誉の戦死、として軍部の士気を上げる格好の材料になったはずだった。
しかし、実には、オーランドの的確な処置のおかげで一命をとりとめ、片足は動かすこともままならない状態で、生き恥をさらした。
そう言う、心無い軍人たちが当時のアーロンを追いつめていたのだった。その事情はオーランドも知っている。
「あの時は本気でそう思ってた」
「……」
視線を落としたオーランドに、アーロンが顔をしかめながら立ち上がった。保護器具のない足を床につけながらも、片足ではねるようにオーランドの前に向かい、そして、その肩に手をかけて顔を覗き込む。
「でもな、今はそう思わない。俺は何度もお前にそういってきたはずだ」
「……。ああ」
飽きるほど聞いたというオーランドの顔には、隠しきれていない後悔などの表情が浮かんでいる。その表情を見ながら、アーロンは、まっすぐとオーランドの目を覗き込んだ。
「それに、こんな俺でも貰ってくれる嫁さん見つかったし、軍にも復帰できることになった」
「……え?」
思いがけない言葉にオーランドが顔を上げると、少し低い位置に、アーロンのいたずらが成功した子供のような笑顔があった。
「今日は、それを話そうと思って。嫁さんにも、軍復帰の話しは話してないんだぜ?」
お前だから真っ先に話したいと思って、突然押しかけちまったんだ。
と嬉しそうに、話すのを聞いて、オーランドは言葉を失ってまじまじと、アーロンの顔を見ていた。
それほど、思いがけない言葉だったのだ。
「ガセじゃねえだろうな」
漏れたのは、そんな言葉で、その言葉尻はみっともなく震えていた。
「ガセなものか。ちゃんと赴任の依頼書だってもらってきた」
ポケットにねじ込んだらしい紙を取り出して、オーランドに差し出して笑ったアーロンは、震える手を差し出すオーランドに握らせた。