3,
「……ん?」
うつむいていたオーランドが顔を上げて振り向いて、いきなり立ち上がった。
「オーランド?」
「誰だ。趣味悪いぞ」
鋭く言い放ったオーランドにカレンが息を呑み、そして、扉の前にいたらしい人がばたばたと足音を立てた。
足音と同時に、硬いものをつく音が聞こえて、いよいよオーランドの表情が冷えて、サイドテーブルの引き出しから短剣を取り出して抜く。
「下手に動くなよ」
「うん」
ベッドの隅っこで小さくなっていつでも立てるように膝を立てたカレンを目の隅で確認してオーランドは短剣を逆手に持って扉を開け放って一歩踏み込んだ。
「わっ。おいお前、医者だろう!」
扉の向こうにいた男が、あわてたように体をのけぞらせて、どこかから痛みが走ったように顔をしかめて体を折った。
「アーロン?」
「オーランドかてめえ。くっそ……」
「こんなところで何してんだ。切っちまったら危なかっただろうが」
右足を伸ばした状態でしゃがみこんだ男が右足首に手を当てて涙目になっている。その様子にオーランドもさすがにまずいという顔をして、傍らにしゃがみこむ。
「お前な……」
「いきなり刃物振り回すのが悪い!」
「夜人の家に忍び込んで扉の前に張り付いて聞き耳立ててるほうが明らかに悪いだろうが!」
「人んちで喧嘩はじめない!」
ぱん、とカレンが手を打つと、ほぼ同時に二人が立ち上がって仁王立ちしているカレンを見上げた。
「ここの家主は私よ。荒らすなら外いってちょうだい」
しっしっ、と手を振って二人に詰め寄ると、オーランドは舌打ちして剣を鞘にしまってカレンに渡し、しゃがみこんだ男は近くに放り出したらしい杖を取って立ち上がる。
「すまんかった」
「わかればよろしい。オーランド」
「あ?」
「知り合い?」
「……一服させろ」
「出てけ!」
げし、とオーランドの背中にけりを入れてカレンは、顔をこわばらせて杖に体重をかけている、アーロンと呼ばれた男を見た。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。いきなりすまん。オーランドに用事があってな。伯爵邸にいたんだが、待てど暮らせど来ないからここにいるらしいって情報つかんではいっちった」
「……急用ですか?」
「いや。……今日午前午後休暇を取っていたというのを昨日聞いて、募る話でもと思って……」
「わかりました。……とりあえず、下に。オーランドが普段使ってる診察室を空けますので、ご自由にお使いください」
足が悪いというアーロンを介助しながら下におり、そのままオーランドが普段使っている診察室へと案内する。
「足のどこが?」
「腱をやってしまってね。歩くのが不自由なんだ。ああいう風に急に動くと腱の傷が痛んでね」
「痛み止め必要ですか?」
「飛び切り効き目のいい奴あるかい?」
「ここならある」
部屋に灯を入れて、薬箱から一包抜いて、量を確認したカレンが眉を寄せてアーロンを振り返った。
「痛み止めはよく飲む?」
「ああ」
「じゃあ、このままでいいね。水持ってくるから」
「すまんね。お医者さん」
カレンが水を取ってくると、オーランドがお茶を淹れていた。火を調節して竈に夜間をかけている姿に呆れながら、どこか顔色が悪いことに気付いて、見ないふりをした。
「痛み止め飲ますよ」
「頼む。必要だ」
お湯が沸くのを待っているオーランドを置いてカレンは部屋に入った。
一服するといって一人出ていって、まだ、気持ちの整理がついていないらしい。
心底驚いていたオーランドも珍しいと思いながら、カレンは、水を手渡して、飲み干すために上向いたアーロンの首筋に玉の汗が流れるのを見ていた。
「汗すごいね」
「割とマジでいたいから」
椅子から診察台に移るように指示を出して、足首を固定するための器具を外してやる。
「さすがだな」
「いえ。……すぐにオーランドが来ると思います。私にできることはこれまでですので、失礼します」
「ああ。助かったよ」
カレンが一礼して部屋の外に出ると、オーランドがトレーに軽食とお茶を持ってやってきた。
「お前も食っとけ」
片手にトレー、片手に皿を持っていたオーランドから、皿だけ受け取って、キッチンに温めたスープも置いてある、という言葉を受け取る。
「あの人は?」
「……古なじみだ」
それだけ言って部屋の中に入ろうとしたオーランドの表情が、どこか悲しそうにゆがんでいるのを見たカレンは、キッチンにスープを取りに行くと、待合室に居座って、話を立ち聞きすることにした。