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オーランドを思いながら言うと、きれいな恰好をした男が手を振り上げた。
「なにを失礼なことを言うか!」
ぱーん、と張り手の音が響いた。甘んじて受けたカレンの表情と雰囲気が一瞬で変わった。
「それで気が済みましたか。……たかが腰ぎんちゃくがふんぞり返ってるんじゃない! 肩の整復なんてオーランドなら一人でやってる!」
まさに一喝、という言葉が似合うほどの腹の底からの怒鳴り声に、腰ぎんちゃくがよろめく。さすがは軍人嫌いの女医者、とつぶやく声がどこかから聞こえてにらみ据えると、ひっと情けない声を上げたのが聞こえた。
「お医者せんせ……」
横たわっていた男が、弱い声を上げてカレンの裾を引っ張った。
「面倒になります。俺は大丈夫です」
「どこが苦しいか言って」
「……」
「言わないと首吊り将軍に言ってあげようか?」
「……っ。貴女、わかっていってますか?」
「うん」
さりげなく徽章を確認してオーランドの隊のものだと気づいていた。声を上げるのもつらそうな彼に、カレンは口元に耳を近づけて声を待つ。
「……息が、少し」
「ちょっと待ってね」
「おい!」
たじろいだ腰ぎんちゃくがさらに声を上げるのにすっと目を細めて、あたりを見回した。オーランドも機嫌が悪くなった時によくやるしぐさに、なじみのある軍人たちがじりじりと後ずさっていた。
「オーランド・バルシュテイン閣下の部下の人は、この場にいるか?」
いつもより低い声で呼びつけると、中年の軍人がカレンの傍らに膝をついた。その行動に、カレンがどういう人物なのかわかっていない軍人たちがどよめいた。
「俺だが?」
「閣下の名を借りて命じます。この腰ぎんちゃくを不敬罪で勾留。後ろに立ってる存在感ない人の肩の整復を手伝ってあげて」
「かしこまりました。奥様」
「……甘んじてその呼び方、今だけ許そう」
カレンは知らないことだが、その言い方はオーランドそっくりだった。それに思わず笑ってしまった軍人が立ち上がって腰ぎんちゃくの手首をがっしりつかんで、カレンに肩をすくめて見せた。
「ははは、お二人を死が分かつまで、俺らはそう言いたいものですけどなあ」
「オーランド次第だわ」
会話は終わり、と言いたげに、今、楽にするからね。とカレンは往診セットの中から聴診器を取り出して衣服を切り裂いて、胸の音を確認していく。
「……気胸。ろっ骨が折れて、刺さったのね。今、応急処置で、少し切るけど、我慢して。大きな処置は、オーランドが来てからやってもらうから」
「……オーランド?」
胡乱げなその言葉に、カレンは一つ腹に決めて言い放つのだった。
「……はあ。私、一応書類上ではオーランド・バルシュテイン准将の婚約者。もともと幼馴染でね」
そういいながら切る場所を消毒して、小さなナイフを手に持った。
絶句する気配を感じながら、カレンは、切る位置を指で探って浅く目を閉じて、苦しそうに息をする患者に目を移す。
「痛み止めなしだからゴメン」
「ふぇっ?」
「轡噛ませて体押さえて」
オーランドの名前を出したあたりから素直に動き始めた軍人に指示を飛ばす。
そして、カレンは一息に胸に小さなナイフで切りこみを入れて脱気をさせると、患部を革の布で穴を弁のようになるように一部を除いて固定した。これで応急処置は完了。
白衣のポケットに入れてあるハンカチを消毒用のエタノールを含ませ、脂汗のにじむ体を拭っていく。
「いたい……」
「だからごめんていったじゃん。あと、オーランドを待って」
と、容体が急変したら教えてね、と体を押さえていた一人の軍人の肩を軽くたたいて次の患者へ向かう。