1、
「あ……私は……」
「かまわん。気にするな」
シャナが言いたいことを先回りしてオーランドが言うと、シャナは目を見開いてもの言いたげにオーランドを見た。
「ハーブティー、好きなんだろう? 飲みたければ飲めばいい。別に、俺は気にする貴族じゃない」
そうして、一口口をつけて見せたオーランドにシャナは、一言断ってから、両手でカップを持って一口、口をつけた。
「おいしい!」
目を見開いて、思わずオーランドに言うと、オーランドはその無邪気な表情に目を見開いて、ふ、と表情を緩ませた。
「ああ。これは、ステビアでも混ぜたか?」
「ああ。お嬢さんもいることだ。甘いお茶で少し和んでもらおうと思ってね」
くせのある酸味。茶の色から、ローズヒップが入っているのはシャナでもわかった。赤っぽいお茶の色が、白いカップに映えて、ろうそくの明かりを反射している。
「あと、カモミールも入っているな。体を温める作用もある。寒い朝にはいいお茶だ」
「体を?」
「ああ。カモミールの作用だ。体を温めて心を落ち着かせる。だから、眠れないときに飲ませたりする」
「カモミールの香りって、……旦那様も使っていらっしゃいますか?」
鋭い指摘にオーランドが苦笑して肩をすくめる。香水とまでは言わないが、カモミールと、もう一つ、ローズマリーの香りをメッセージカードに焚きこんでいるのだ。その香りが自分に移っても不思議ではない。
「まあな。悪い香りではないし、……万能な香りだから」
「万能なんですか?」
「ああ。オイルは鎮痛や、腹風邪などにも使える。これと、ラベンダー、ティーツリーを合わせれば、たいていの症状を診れる」
そう解説を入れながら、次に出されたお茶請けの菓子に練りこまれたハーブについても解説を加えるオーランドに、シャナは目を丸くしながらも、その言葉にうなずいていた。
「旦那様は、よくご存知なんですね」
「……まあな。薬を買える貴族が多いわけじゃない。圧倒的に薬を買えない庶民のほうが多い。俺の隊も、俺の屋敷にいる連中も薬を買えないような連中だ。彼らを守るのも俺の仕事の一つだ」
しっかりとそういう彼にシャナは驚きながらも、ほう、と感嘆の息を漏らした。
「なにかっこつけちゃってるんだ。坊ちゃん」
「かっこつけてない。実際思ってることだ」
「だったらとっとと伯爵奪って、領民にハーブ売りでもさせるこったな」
かかかと笑った老人に物いいたげにオーランドはにらんでいたが、深くため息をついて肩をすくめた。
「書類仕事なんてしてられるか。まだ、動く軍部のほうがやりがいがある」
「癒す手を持ちながらも人斬りか」
「そーだな。そっちのほうが割に合う」
護身のために忍ばせてあったらしい短剣を懐から抜いて、ろうそくの光に反射した刃に笑って見せた。
「この邪悪な笑みな。これで医者の真似事も完璧に出来るってだれが信じられるか」
「医者だからこそどこを切ったら良いかわかるんだろう? 切るのは得意だ」
ハーブティーとお茶菓子を囲んで話すような内容ではない。
「ほら、お嬢さんが呆れてるぞ」
「あんたが振ってきたんだろうが」
取り直すようにお茶を口に含んだオーランドはちらりと目に留まったらしい本を、本棚から抜いてシャナに差し出した。
「キミは医術的なハーブの使い方というよりは、もっと実用的なハーブの使い方を学んだら良い。こういう本は持っているか?」
「なんならやっても良いぞ」
「じゃあくれ」
「おう、いいぞ。代金はお前に付けとく」
「売り物じゃねえだろが」
漫才のような掛け合いに、シャナがこらえきれずにくすりと笑った。その表情に、オーランドと老人はちらりと目配せして肩をすくめる。
「これは……?」
「香りにはどんな効果があるのか、ということが書かれた本だ。まだ、これは易しめの本だから、キミでも難なく読めると思うんだが」
シャナは差し出された本を受け取ってぱらぱらとめくってみた。表や絵を使った見やすいものだった。
「すごい……」
「こんな本が沢山ある書店を知っているが、これから行くか?」
「はい! 行きたいです」
目を輝かせるシャナに、オーランドの雰囲気も穏やかなものになっていく。
「デートだデート」
「同じ知を分かち合うわけだ。先行くものとして教えるのは普通のことだろうが」
「テレないテレない」
「照れてねえっ!」
老人がニヤニヤしながらなにかを言おうとしたとき、店に来客のベルが鳴った。