終。
とりあえず、こういう流れで、バルシュテイン兄妹については終わらせていただきます。後日談どっかで書くかもしれないですけれど、見つけたときはお手柔らかに。
そこまでしたためて、慣れた作業になるが、ハーブティーの包装を確かめる。
「じゃあ、お願いします」
シャナは、近くにいたジャックに手紙と荷物を渡して見送る。
その背中を見送りながら、数日前の出来事を思い返していた。
秋から冬、冬から春へ季節は巡った。
春といえども、まだ肌寒い日は続いており、シャナはセザールが送ってよこしたポンチョを着て、外を歩いていた。
「あ、シャナ!」
オーランドが人込みから目ざとくシャナを見つけて、すぐに隣にやってくる。
「どうしたんです?」
「ちょっと話がある。暇か?」
「ええ。今日は非番だから、ぶらついてくるって言ってあります」
「ならいい。店入るぞ」
そして、市場から近い、粗末な戸がついた店に入ったオーランドは、慣れたように手を挙げた。
「いつもの二つ頼む」
「おっ? 旦那、女の子連れですかい? コレ?」
「馬鹿言うな。妹だ」
「へっ? 妹さん? これが?」
「……これで悪かったですね?」
「おっ、納得」
ひゃひゃっと笑った男は店の中に入って、オーランドは傷んだ椅子に腰を掛けてシャナをきれいな椅子に座らせる。
「で? お話とは?」
「来月、一度城に来てみろって陛下に言われた」
「……それはお兄様がですよね?」
「……お前もつれて。会食だ」
「……どーして私も」
「非公式の会食だからな。……大方、セザールが興味を抱いたお前を見たいっていうんだろうなあ」
「……珍獣か何かですか? 私」
げんなりとしているシャナにオーランドはくつくつと笑った。
「まあ、あのセザールを落としたというのは珍獣だな。百戦錬磨のメスどもが駄目だったんだからな」
いつも通り口が悪いオーランドは肩をすくめて、出てきたコーヒーを受け取ってシャナに差し出す。
「……ちょっと待ってください?」
「ん?」
コーヒーに口をつけようとしたところで、シャナは、はっと顔を上げた。
「てことは、私……」
「そうそう。一度屋敷に戻ってもらって、一から令嬢教育受けてもらう。非公式だといえども、本当に珍獣になりたくないだろ?」
「……当たり前です! お願いします!」
断る、という頭がないらしいシャナの思考にオーランドが笑みを浮かべる。
「どうしました?」
「いんや。なんでもねえよ。最近、みんな忙しいからな。大変だよな。お前も」
笑うオーランドに、はっと、寂しいのがばれたと表情を変えるシャナ。
「あとひと月で会いに行けるぞ。ってことで今日中に荷物まとめて一緒に帰るぞ」
「はい!」
一緒に帰る、という言葉が妙にくすぐったくて、笑うと、言っているオーランドもくすぐったいような顔をして、シャナの頭をガシガシとなでて笑った。
そして、二人で世間話をしてからシャナが手伝う店に行くと、セザールからの手紙と贈り物が来ていた。
「ほう? マメだな」
「そうなんですよ……」
それも、使うに困らない細やかなものばかり。
最近は自分に使うお金がめっぽう減った、とため息をつくシャナだったが、手紙を見て、表情を暗くさせた。
「やっぱり」
「どうした?」
「無駄に高いんです」
どこの、とは書いていないが、出張先の土産代わりだと思えと書かれていればそこのお高いものだというのだと最近気づいた。
「無駄とか言うな。安物買いの銭失いにならないんだからいいだろ。つか、かわせとけ」
笑うオーランドにシャナため息をつく。
「んで? 来月のは伏せるの?」
「伏せてやりますよ。悔しいから」
そっぽを向くシャナに、オーランドは笑ってシャナの頭をそっと撫でた。
「お兄様?」
「お前、変わったよな?」
笑うオーランドに首をかしげて、シャナは見上げていた。
「俺が言うのもあれだが、人に張ってた壁が少し柔らかくなってるよ。セザールのおかげだな」
それでいいよ。と笑うオーランドに、自覚のないシャナは首をかしげるのだった。
そして、オーランドの屋敷に帰って、数か月ぶりの同僚たちに抱き合って再会を喜び、さっそく令嬢教育が始まったのだった。
「さあ、シャナさん!」
「はーい」
次は、ドレスの採寸。
張り切るメイドたちを見て、シャナは苦笑を隠さずに、着せ替え人形よろしくおとなしく指示通りに動いて、採寸されていった。
「仕事があるっていいわねえ」
ひまだひまだとシーツ干しに明け暮れる毎日ではなくなった彼女らがそういうのに、シャナは笑っていた。
それから、一か月後、シャナの立場が少し変わるのは、彼女らにも、まだ、内緒のことだった。
「それにしてもセザール」
「なんです?」
「なんでシャナにかけたお前の魔術が朝になって消えたんだ?」
「ああ、それです?」
後日、機会があってセザールの部屋で飲んでいたオーランドがポツリとつぶやいた。
「思ったよりシャナさんの魔力が強かったんです。パッとみただけじゃ僕もまだわからないんですよ。まあ、貴方ぐらい頻繁に会う人であれば、わかってくるんですけどね」
触れてみて初めて分かりました。と、つぶやくセザールに、かすかに眉間にしわを寄せてオーランドは呆れた目を送った。
「……俺よりも?」
「ええ。はるかにね」
「……」
その言葉に複雑な顔をしたオーランドは手に持ったグラスをあおって肩をすくめた。
「火薬がたくさん詰まった砲弾、ってことか」
「そういうことですね。魔力の扱いについてはおいおい僕が教えておきます」
「体術は任せろ」
「は?」
「バルシュテインはもともと女性のほうが強い一族だと爺さんに言われててな。……シャナが生まれる直前に爺様もなくなってしまったが、もし妹だったら稽古をつけてみるといいといわれていたんだ」
苦笑交じりにそういったオーランドに、セザールは、愉快そうに笑った。
「そういえばそうでしたね。何せバルシュテインの始祖はこの国が興る前、いわば先住民の一族の女族長の家でしたから」
「……先住民?」
「ええ。先住民の女族長が、この王家の建国王の弟、物語風に言えばノエルに惚れて起こった家です」
「……ノエル。あの、国号替えの、終末の予言をした建国の時代からの大魔術師?」
「ええ。この国に伝わる実際にあったおとぎ話の主人公です」
にこりと微笑んだセザールが一度目を閉じて、もう一度開くと遠くに視線を持っていった。まるで、そのころを思い出すように。
「彼女は強く、美しかった。まっすぐな心根と、すべてを許す度量と、何よりも、人を慮れる人だった」
「……」
静かにオーランドはそれを見てすっと目を細めた。
「そういうことか」
「……ええ。図らずもあなたの過去を知ってしまいましたからね。その詫びも兼ねます。覚えておいてください」
「……その叡智を悪く利用するもよく利用するも周りの人次第ってことか?」
「僕にもそれなりに物事の善悪の区別を持っていますがね。もし、弟が、昔の兄のように、いえ、建国王のようになってしまえば、その時は僕は剣を取って王権を奪取して、悲劇を防がなければならない」
「記憶を持って生まれたからには意味があると」
「まあ、あの子があの子でいる間は、そのようなことはないと思いますがね」
「そう祈ってる」
「ええ。僕もようやく平和で人並みな生活を送れるように、なり始めましたからね」
「……シャナを頼むよ」
「ええ。もちろん」
かつん、と手に持ったグラスを合わせた二人は目を合わせて、穏やかに微笑むのだった。